妖怪の妻になってしまった男(リメイク)

マドラードの妖力比べ
 ゾージャが帰ってきた。
 今井はゾージャの妖気を感じるとすぐに玄関前の広間に迎えに出た。待っていると勢い良くゾージャが玄関から入って来た。
「おかえりなさい」
 今井は笑顔で迎えた。
「お前、喋ったのか!」
 いきなり怒鳴りつけられる、今日はよく怒鳴られる日だ。
「なにを?」
「俺が負けた事」
「ああ‥」
 ラカンテとの妖力比べの事だ。あんなの秘密にしてもしょうがないだろうと思うのだが。
「はい‥」
 しかし、まずかったのかもしれない、今井は上目遣いにゾージャを見上げた。
「喋るなよ、おかげで俺は笑い者だ」
「そんな、ラカンテが強かったってだけの事じゃない」
「ラカンテだぞ、あいつは武闘隊も持っていない、そんな奴に負けたら示しがつかん」
「はあ‥」
 今井にはわからない独特の習慣があるんだろう、その習慣では負けたら恥ずかしい相手なのだ。
「お屋敷では俺が負けたって話で持ちきりだ」
「ごめんなさい、状況がわからなくて、喋ったらいけないとは思わなかったの」
「もう」
 ゾージャは機嫌が悪い。
「でも、マドラードも妖力比べを申し込むと言っていたから、マドラードも負ければそんな噂すぐに消えるわ」
「マドラード? なんでマドラードがそんな話をお前にするんだ」
 ゾージャは不思議な事を言い出す。
「だって、ゾージャが負けたのはラカンテがものすこく強かったからだって言ったら自分も妖力比べを申し込むって」
「お前、マドラードにも話したのか?」
 いよいよおかしな事になってきた。
「私が話したのはマドラードだけよ」
「ブリジットじゃないのか?」
「ブリジットって誰?」
 ブリジットなんて会った事もないのに。
 ゾージャは言葉に詰まってしまった、何かを考えている。
「お前、ブリジットには話してないんだな」
「もちろんよ、会った事もないのに」
 なんとなく状況がわかってきた。
「そのブリジットは私から聞いたと言ったのね」
「ああ」
 ゾージャが頷く。
 ゾージャはかまをかけられたのだ。私から聞いたと言われてゾージャは相手がすでに真実を知っていると思って本当の事を喋ってしまったのだ。
 ゾージャが首を傾げている、ここはあまり追求し過ぎない方がいい。
「いいじゃない、ラカンテがマドラードよりも強いって事がもうすぐわかるから、そしたら何も言われなくなるわ」
「マドラードは何しに来たんだ?」
 ゾージャは普通に疑問に思っただけらしいが今井はギクリとしてしまった、何と答えたらいい、人間界に行った事は言えないし‥‥
「人間界の豚を捕まえて持って来てくれたの」
「人間界の豚?」
 ゾージャはびっくりしている。
「ゾージャは覚えていないの? ラカンテが人間界の豚で魂の妖術の練習をしたらいいって言ってた事。だから、マドラードが親切にも人間界の豚を捕まえて持って来てくれたの」
「ああ」
 またまたゾージャは首をひねっている。
「豚、見せてあげようか」
 今井はゾージャの腕を取ると家の奥に向かって歩き始めた。


 食事の時間になった。
 ミリーが豚を引いて来た、紐をテーブルの脚にくくりつける。
 さあいよいよだ。出来ればこの豚は殺したくない、つまり魂を吸い出した後、魂を戻して死なないようにしたいのだ、そうすれば何度も練習出来る。
 今井は豚の口を狙うと魂を吸い出し始めた。豚の口から細い霧が出て来るとナキータの口に入る。それはものすごく美味かった、妖怪世界の豚の何倍もうまい、うっとりとしてしまう。
 しかし、今井は気を取り直した、魂を戻さなけれはならないのだ。今井は豚の口を狙うと魂を押し込んでみた。なんと魂が戻って行く、どんどん戻って行く、そうしてとうとう全部戻す事に成功した。豚は普通に生きている。
 ミリーや料理人、ナカヌクなど周囲にいた人達が一斉に拍手をしてくれた。みんなナキータが魂を戻せなくて苦労していた事を知っていたのだ。
 今井は恥ずかしそうにみんなを見回した、みんなはさらに激しく拍手をしてくれた。
 ミリーが豚の縄を解くためにやって来た。
「この豚はどうします?」
「あしたも練習に使うから」
「わかりました、では餌が必要ですね」
 そう言いながらミリーは豚を連れて行く。そうか、人間界の餌が必要なんだ、簡単に飼うわけにもいかない。
「餌はどうされるおつもりですか?」
 執事のナカヌクが聞く、このままではミリーが人間界に行って手に入れるつもりだとわかっているのだ。ナカヌクはそれが心配なのだ。行くなとどんなにきつく言ってもミリーは行くだろう。
 豚を飼うのは諦めるしかない。
「ミリー、あと二三回練習したら豚は殺します。だから餌は必要ありません」
 今井はそう言ったがそれでもミリーが心配だった。いっそ俺が行くか、しかし、今は時期が悪い、法力使いが大挙集結して待ち構えているのだ。


 次の日、ラカンテが帰るから見送りをするようにと言われて、今井はゾージャと一緒にゴルガのお屋敷に登城した。
 お屋敷前の広場には大勢の人が集まって賑わっている。
「マドラードがラカンテと妖力比べをするそうだ」
 お屋敷に着くとすぐに誰かが声をかけてきた。
「そうだってな」
 ゾージャが答えている。
「マドラードが勝ったらこれは見ものだぞ」
 誰かが話す声が聞こえてきた。ゾージャがやや不安そうにしている。
 あの力の差だ、そんな事が起きる訳がないと今井は思ったが、ひょっとしてラカンテがわざと負けるなんて事をしないとも限らない。その時は俺がマドラードに勝負を申し込んでやる、ナキータに負けたらマドラードの面子丸つぶれだ。今井はそう思って一人で興奮していた。
 急に歓声がわき上がった、マドラードとラカンテが広場に出てきたのだ。
「どけ」
 ゾージャが人混みの中に入って行く。ゾージャが行くと人々が道を譲ってくれる。ゾージャはこの集団の中でかなり上の方の立場なのだと今井は再確認した、どこか嬉しくなってしまう。
 ゾージャはマドラードの横に来た。
「妖力比べをやるのか?」
「ああ」
 マドラードが頷く。
「頑張れよ」
 ゾージャは心にもない事を言う。
「まかせとけ」
 マドラードも負けるつもりはないらしい。
「これはこれはナキータさん、おはようございます」
 ラカンテは嬉しそうにナキータに話しかけてきた。
「今日は誰を応援されるのですか? ひょっとしてわたくしですかな」
 ラカンテは楽しそうに話す、どうもこの人はナキータに興味があるらしい、少し嫌な感じがするが考えてみるとラカンテに勝ってもらわないと困る。
「マドラード、頑張ってね」
 今井も心にもない事を言った。
「ナキータさんが応援してくれるのなら千人力です」
 マドラードは嬉しそうだ。
「ナキータさん、今日も私が勝つところを見たくはありませんか?」
 ラカンテがにこにこ笑って嫌味な事を聞く。
「いえ…」
 ラカンテがナキータに興味がある事が露骨に伝わってくる。
「ナキータさん、私が引っ張りますからついて来て下さい」
 ラカンテがはっきりと言う。今井もマドラードがどのくらいの力なのか確かめたかった。ゾージャと力の差がかなりあるのならちょっと嫌だ。
「わかりました」
「ナキータさん、ではゾージャさんの時と同じにようにお願いします」
 ラカンテが意味深長な事を言う、今井はすくに意味がわかった。つまりラカンテは引っ張らないから自分で飛べという事だ。今井としてもラカンテともう一度勝負出来るのはうれしかった。負けるにしてももう少しラカンテについて行きたかった。
「わかりました」
 今井は大きく頷いた。
「では」
 ラカンテが声をかけると二人が一緒に飛び上がる、今井も遅れまいと飛び上がった。
 二人は並んで飛んでいる、今井はラカンテの少し斜め後ろを飛んだ。どんどん速度が速くなる。まだまだそんな速さじゃないと思っていたが、マドラードが遅れ始めた。今井の横を後ろへ遅れて行く。ゾージャの時と同じか少し早い感じた。マドラードの方が強いのかもしれない。
 マドラードと決着が着くとラカンテがぐんぐん速くなった。ナキータはラカンテとどのくらい力の差があるのだろう、今井はラカンテを追い越すつもりで速度を上げた、しかし、ラカンテも猛烈に速くなる。今井は必死で頑張ったがラカンテはどんどん離れて行く、ラカンテとの力の差を思い知らされた。
 ラカンテは止まるとナキータを待ってくれた。
「素晴らしい、たいしたものです」
 ラカンテは褒めてくれるが、負けたのだからあまり嬉しくない。
「まいりました」
 今井は素直に負けを認めた。
「実に素晴らしいです、あなたほどの妖力を持った方はめったにいません。どうです、私の所に来ませんか?」
 いきなりラカンテがとんでもない事を言い出す。
「いえ、他意はありません、私は仲間が欲しいのです、私と同程度の妖力を持った方と親しくなりたい、私は長年そう思ってきました。あなただってゾージャごときで満足されるとはとても思えません、どうです私と交友を深めませんか?」
 ラカンテは真面目に訴える、これが女性を口説いているつもりなら場所と時間を考えろと言いたいが、むしろこれは孤独なラカンテの正直な気持ちなのかもしれない。
「考えておきます」
 そう言うしかなかった。
 やがてマドラードが追いついて来た。
「さすがだな」
 マドラードは悔しさを隠すためか顔に表情がない。
「ゾージャの時もこれと同じでした」
 今井は負けたのはあなただけじゃないと言って慰めたつもりだったがマドラードは表情を変えない。
「こんなに強いのになぜカグラサルン殿は武闘隊をお前に預けないんだ」
「私は出世などに興味はないんです、自由気ままに生きるのが好きです」
 ラカンテが答える。
「しかし、カグラサルン殿はよく何も言わないな」
「彼とは長年の付き合いですからな」
 ラカンテは平然としている。どうやらカグラサルンというのはラカンテの国の領主らしい。
「では、戻りましょうか」
 ラカンテがマドラードを誘う。三人はゴルガの屋敷に戻って来た。
 みんながマドラードの周囲に集まって来て彼の周りをを取り巻いているが誰も彼に勝敗を聞こうとはしない。どうやら妖力比べの習慣として勝敗を公表しなくてもいいらしい。
 しかし、マドラードは広場の中央に来ると手を上げた。
「俺の負けだ! ラカンテは非常に強かった」
 そう大声で宣言すると疲れたように屋敷の中に入って行く。
「本当か?」
 誰かがナキータに聞く。しかし、妖力比べの習慣がわからないから下手にペラペラ喋ってしまうわけにもいかない。
「ゾージャ」
 今井はゾージャを見た。
「どうだったんだ?」
 ゾージャが聞く。
「私が喋っていいんですか?」
「かまわんさ、負けた方が負けを認めたんだ」
 なるほど、では。
「マドラードさんの負けでした」
 今井はおもむろに説明したが、ナキータの周囲には大勢の人が集まってきた。
「どのくらいの差だ」
 誰かが質問する。
「ラカンテさんは勝負がついた後、私に彼がどのくらいの速さで飛べるか見せてくれたんですが、マドラードさんとかなりの差がありました」
「ゾージャ殿と比べてどうだった?」
 同じ負けたとしてもゾージャの時と比べてどうだったかと言う質問だろう。
「ゾージャの方が速かったと思います」
 今井はすまして答えた。




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