俺の王妃は侵略者

地球侵略作戦
「ついてきて、ノラヌダニが来ているわ」
 セリーヌが呼びにきた。
 ノラヌダニとはきのう健二のアパートにやってきたあの男だ。
「何の用、なんですか?」
「地球侵略計画の打ち合わせよ、あなたも出ておいた方がいいわ」
「侵略……」
 やはりギクッとする言葉だった。それに、出ておいた方がいいって、どういう打ち合わせなんだろう。
 セリーヌについて宇宙船の奥の方に進んで行った。居住のためのエリアを出ると宇宙船の中らしくなった。重苦しい金属の壁が続く。これだけ巨大な宇宙船だ、中もものすごく広い。ずいぶんと進んだところで、ある部屋の中にセリーヌは入って行く。
 中に入ると見違えるような落ち着いた部屋だった。会議室だろうか、中央に黒光りがする大きなテーブルがある。テーブルの周囲には二十脚ほどの、これまた重厚な椅子が置いてあった。
 すでに、十人くらいの人が席に座っていたが、その中にきのうのメンバーも含まれていた。
 二人が部屋に入って行くとノラヌダニ達は立ち上がって軽く頭を下げた。そんな中をセリーヌはゆうゆうと歩いていく。そして部屋全体を見渡せる位置にある椅子に座った。さすがは貴族の娘だ、高い位にいることに慣れている。
 しかし、ノラヌダニと反対側に座っている男たちは椅子に座ったままなのが気になった。なぜ、セリーヌに礼を尽くさないのだろうか、セリーヌと同じような貴族なのか。
 セリーヌの後についていた健二はセリーヌの横に座ろうとしたが、そこで立ち止まってしまった。会議室のような所は序列によって座る場所が微妙に決まっている。いま、セリーヌが座った位置は日本では一番の上座になる。いや、セリーヌの位置はやや中央から外れているから、その隣の椅子が一番の上座になる。まさかそこに座るわけにはいかない。
「あの… どこに……」
 セリーヌがじろりと健二を見上げた。
「ここに、すわって」
 彼女は横の席を手で指し示す。
「ここは上座じゃないんですか?」
「そうよ」
「いや、それは、ちょっと……」
 セリーヌは貴族だから上座が当然かもしれないが、自分がさらにセリーヌよりも上の席に座るわけにはいかない。
「地球の国王なんだから、上座に座るのが当然でしょ」
 セリーヌが言う。
「いや、しかし……」
 健二は困ってしまった。理屈ではそうかもしれないが実質は健二は下も下、この床を掘り下げたくらいの低い位置にいる。健二は助けを求めるようにノラヌダニを見た。彼はどう判断するんだろう。しかし、ノラヌダニは軽く手をさしのべてそこに座るようにと合図した。
「はやく座りなさい」
 セリーヌがイラついてきた。
 しかたなく健二は一番の上座に座った。
「多少はお慣れになりましたか?」
 ノラヌダニが丁寧な口調で聞く。
「いや、なかなか…… ともかく驚く事ばかりで、慣れるなど、まだ無理です」
「そうでしょうな、我々の科学技術はまだまだこんなものではありませんぞ。この程度で驚いていたら後がもちません」
 ノラヌダニがおもしろそうに茶化す。
「ところで、ご紹介しましょう。ムラキ将軍です」
 反対側の席に座っていた男が体を少し動かした。ずいぶんと偉そうな男で、冷たい目をしている。
「ムラキ将軍は地球侵略軍の総司令官です。これからの侵略作戦は彼が指揮を取ることになります」
 健二は緊張した。地球を攻撃する宇宙人の軍隊の責任者だ。
「こちらが地球王の永井さんです」
 今度は健二が紹介された。健二は立ち上がって頭を下げた。しかし、ムラキ将軍は座ったままで会釈さえしない。
 健二が椅子にすわるとセリーヌが足をつねった。
「あなたは地球王なんだから、立たなくていいの」
 小さな声で耳打ちする。しかし、それは、とても無理な話だった。セリーヌは貴族だから威張っていられるが、健二の運命など風前の灯火も同じなのだ。

 やがて、会議が始まり、ノラヌダニが地球侵略の具体的なスケジュールの説明を始めたが、それは気が滅入るようなものだった。降伏の勧告こそするものの、降伏しなければ総攻撃をすると言う。しかも降伏までの猶予期間は十日しかない。
 なんで、こんな会議に自分が出席しているのか、しかも一番の上座で…… 完全に場違いなのに。
「なにか、ご意見はありませんか?」
 一通り説明を終えるとノラヌダニが聞く。
「あの……」
 健二は手を上げた。
「降伏の猶予期間が十日は短すぎます。地球の制度では十日では何も意思決定できません」
 そう、そのために自分がここにいるのだ。地球侵略は止められないにしても、少しでも条件を良くしなければならない。
「ほう、どの程度必要だとお考えですかな?」
 ノラヌダニが聞く。
 健二は迷った。何日と答えるか、まさに地球の運命がかかっている。
「百日は必要です」
「百日!!」
 ムラキ将軍が大声を出した。
「バカな、そんなに待てん」
「地球は王国ではなく民主主義です。議会があるんです。選挙があるんです。だから、決めるのに時間がかかるんです」
 健二は必死だった。全人類の運命が自分にかかっている。
「二十日だ。それでいいだろう。それ以上は待てん」
「二十日では無理です、百日は必要です」
「だめだ!!」
 将軍が声を荒げる。
「だいたい、未開人のくせして上座などに座りやがって、何様のつもりだ!!」
 将軍はとうとうたまりかねたように怒鳴りつけた。
 ついに言われてしまった。健二もまったく同意見だった。もう、言い返す言葉が見つからない。
「将軍!!」
 ふいにセリーヌが議論に割って入ってきた。
「わがアマンゴラ帝国の制度を批判するのですか。将軍職にある方の言葉とは思えません。傀儡制度を批判することは、わがアマンゴラの勢力拡大の歴史を批判することになるんですよ」
 セリーヌの言葉には迫力があった。持って生まれた才能というのか家柄というのか、貴族はどこか平民とは違う。
「未開人がかってな事を言うからだ。降伏まで二十日もあれば充分だろう」
「いえ、降伏勧告に時間をかけるのはいい方法だと思います。できるだけ地球側の死者を減らすべきです。その方が征服後の統治がやりやすくなります」
「時間をやりすぎると、甘くみられて返って降伏しなくなる。力で脅してその場で決めさせるのが一番だ」
「地球では、それは制度上無理なんです」
 健二も大声をだした。ここで頑張らなければ。
「地球の事情は地球王が一番詳しいと思います。降伏までの猶予期間は地球王の勧告を受け入れるべきです」
 セリーヌが応援してくれる。彼女が応援してくれるのがうれしかった。
「地球征服は私が皇帝から指示されたものだ。従って、地球を征服するまでは私の権限だ。私の思う通りにやる」
 ムラキ将軍はセリーヌを睨みつける。
「では、私が皇帝に相談します」
 セリーヌも強硬だ。
 しかし、ムラキ将軍は鼻で笑う。
「皇帝に相談だと、会うこともできんぞ」
「では、直訴します!」
「バカな、直訴なんかできるわけがない。皇帝の所にたどり着くはるか手前で取り押さえられてしまうのが落ちだ」
「私はやります。皇帝は女好きというのをご存知ですか」
 一瞬、ムラキ将軍は言葉につまった。こんな美人が直訴して来たと聞いたら皇帝が会ってみようと思う可能性がある。
「将軍は地球王と緊密な関係を築くことも任務のはずです。その任務をもう一度考え直してください」
 セリーヌが諭すように言う。
「二十日だ!!」
 ムラキ将軍が意地になって怒鳴る。
「この会議は計画の問題点を検討するための会議のはずです。おちついて問題点を検討しましょう」
 興奮している将軍に対しセリーヌはあくまでも冷静だ。彼女は穏やかな口調でゆっくりと説明する。セリーヌの方が風格がはるかに上だった。しばらく議論が続いたがムラキ将軍はセリーヌに押しきられてしまった。結局、両方の意見を併記して皇帝の判断を仰ぐということで意見がまとまった。
 さらに会議は続いたが、会議はほとんどセリーヌが主導していた。ノラヌダニやムラキ将軍が説明する計画の問題点を指摘するのもセリーヌだし、その解決策を考えつくのもセリーヌだった。さすがは王妃候補の試験で一番になっただけのことはある。ものすごく頭のいい人なんだ。ムラキ将軍が苦々しい顔をしているが、セリーヌが優秀なのは認めざるをえない状況だった。
 会議は二時間ほどで終了した。今日の打ち合わせは侵略計画として皇帝に説明し決済を仰ぐことになっているらしかった。
 会議が終わったとみるとセリーヌは立ち上がった。手で合図するので健二も立ち上がった。それを見てノラヌダニ達はすばやく立ち上がったが、ムラキ将軍もしぶしぶ立ち上がった。今の議論でセリーヌが無視できないとわかったためらしい。
 そんな中をセリーヌは悠々と退室していく。健二も彼女の後に続いた。

「ありがとう」
 会議室を出ると健二はセリーヌに声をかけた。
「なにが?」
 セリーヌが振り返る。
「味方してくれたこと。つまり、降伏までの猶予期間の件」
「当然でしょ。あなたは地球王で私はその王妃。陛下の味方をするのは王妃として当然だわ」
 セリーヌは軽く説明するが、そんなセリーヌがいよいよ近寄りがたく感じた。とても自分ごときが対等に話せる相手ではない。





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