俺の王妃は侵略者

宇宙人
 ドッキリの落ちがないままじゃないかと、健二はいぶかしげに玄関の扉を見ていた。それに扉を締めてしまったら隠しカメラに写らなくなる。
「あの、上がってよろしいですか?」
 セリーヌの声に、やっと我にかえった。
「えっ、ええ、どうぞ」
 と、言いながら、健二は部屋の中を見た。狭い部屋の中は布団は引いてあるし、そこら中の物が散乱していて、とても女性に見せられるような状態ではなかった。あわててかたづけながら彼女が通れる場所を作った。
 セリーヌはどこに落ち着こうかと、散らかった部屋の中を物色していたが、ようやく積み重ねてあった本の上にすわった。彼女は部屋の中を見回していたが、明らかに嫌悪感を感じているようだった。
「いやあ、こんな事なら少し片付けておくんだった」
 健二は頭をかいたが、なかなか落ちにならないドッキリに少しイラついていた。こんな人の家の中にまで入ってくるのは少しやりすぎだ。それに、隠しカメラがこの部屋にあると言うのか。
「正直。ここまでひどいとは予想していませんでした……」
 セリーヌは眉をひそめ、散らかっていることを否定しない。
「ははは、そうですか……」
 普通、少しは遠慮して言うだろうに、この人、ずけずけと物を言うタイプらしい。
「でも、これから、長いお付き合いです。よろしくお願いします」
 彼女はにっこり笑うと頭を下げた。
「いえ、こちらこそ」
 とりあえず健二も頭を下げたが、長い付き合いってなんの話だ。これから延々とドッキリをやるつもりか。
「健二さまは、地球では何か特別な地位をお持ちなんですか?」
 セリーヌは真面目な顔で不思議な事を聞く。
「いえ、ただの貧乏会社の貧乏平社員です」
 健二は少しイラつきながら答えたが、セリーヌの顔に少し失望の色が浮かんだ。
「ひょっとして、落ちぶれた貴族とか……」
 かすかな望みを期待して…… といった雰囲気で聞く。どうも、健二が何がしかの人物でないのが不満らしい。
「いえ、先祖代々由緒正しき百姓です」
 健二は正々堂々と答えたが、セリーヌが明らかにがっかりしているのがわかった。しかし、彼女は気を取り直すと無理に笑顔を作った。
「でも、私のナニータ家も下級貴族ですのよ。何の爵位も持たない普通の貴族です」
 彼女は自分もたいしたことないんだと言いたいらしい、しかし、むしろ自慢に聞こえる。いや、だいたい、そもそも、貴族なんてのもホラ話だろう。このドッキリはいつになったら落ちになるのだ。
 彼女はおもむろに健二の部屋を見ていたが、
「こんな狭い部屋に二人も住むのは無理だと思いませんか?」
 と、とんでもなく失礼な事を言い出した。
「はあ……」
 狭くて申し訳ないが、これでも健二にとっては楽しい我が家なのだ。
「もし、よろしかったら、宇宙船に住みませんか?」
 セリーヌはまたまた奇想天外な事を言だす。まだ、ドッキリの続きらしいがそろそろ演技するのも疲れてきた。
「あの、これ、ドッキリなんでしょ?」
 ドッキリなら、騙されている人がドッキリと気がついたらいけないのだが、こんなドッキリ気づかない方が不思議だ。
「はあ……」
 今度はセリーヌがびっくりしている。
「カメラはどこにあるんですか?」
 自分の部屋にカメラが仕掛けられているなら、ちょっと気持ち悪い。
「カメラって?」
 セリーヌは意味がわからないらしい。
「ドッキリなら、カメラが仕掛けてあるんでしょ」
「翻訳機のせいかしら、うまく翻訳されていません。もう少し言い方を変えていただけませんか?」
 セリーヌはあくまでしらを切る気らしい。でも、ここまで来たらドッキリだとばらさないとおもしろくないはずだが……
「もう、ドッキリは止めて、普通に話しませんか?」
 健二はもう、ドッキリに付き合うつもりはなかった。
「やはり、翻訳機が正確に翻訳できないみたいです。今、私の翻訳機はおふざけイベントに関するような翻訳をしています。でも、そんなはずないでしょ?」
 セリーヌは真面目に困った顔をしていて、まったくドッキリのような雰囲気を見せない。これが演技なら主演女優賞がもらえそうなほどうまい。しかし、これがドッキリでないなんて……
「じゃあ、これが全部本当の事だと言うんですか?」
「もちろんです」
 彼女は目をぱちくりとしている。しかし、それなら、宇宙にあるとか言うアマンゴラ帝国が本当にあると言うのか。そして宇宙船に乗って地球にやって来たとでも。まさか、そんなことがある訳がない。そうだ、彼女は宇宙船に住みたいと言っていた。
「いいですよ、じゃあ、宇宙船に住みましょうか」
 宇宙船があると言うのなら、その宇宙船を見せて欲しい。
 しかし、セリーヌの顔がぱっと輝いた。
「いいんですか!! わあ、よかった。正直、今日、こんな所に寝るなんて絶対にいやだと思っていました」
 彼女はスカートのポケットから何かを取り出した。それを、操作しようとしたが、ふと、手を止めた。
「ここに呼び寄せていいですか?」
 こんな所に宇宙船のような物を呼び寄せていいのか、といぶかっているような雰囲気だ。
「いいですよ」
 健二だってそんな事にだまされたりはしない。
「かなり大きいから目立ちますよ」
 彼女はいたづらっぽく笑う。呼び寄せるのを取り消させようとしてるようにも見えたが、むしろ、健二が驚くのを面白がっているように見えた。
「ぜんぜん、かまいませんよ」
「じゃあ、呼び寄せます」
 彼女は手に持った装置のボタンをいくつか押した。
「すぐに来ますから」
 彼女は立ち上がると、ベランダへ出て行く。

 ここはアパートの三階でベランダからは河原が見えていて、広い土手で人々が散歩しているのが見えた。
 セリーヌは遠くの空を見ている。
「すぐに来ますから」
 セリーヌがわくわくしているのがわかった。
 本当に宇宙船がやってくると言うのか、そんなバカな、そう、思いながら健二も彼女が見ている空をみていた。
 河原のずっと向こう、山の上あたりに黒い点が見えた。しかも、それが徐々に大きくなってくる。
 それが、近づいて来るにつれて形がわかってきた。ずんぐりした丸い形をしている。しかも、ものすごく大きい、白銀色のまさに空飛ぶ円盤だ。
 まさか、本物の宇宙船だ。本物の宇宙船がこちらへやって来る。
 宇宙船は減速しながら、ぐんぐん近づいてきて、アパートの近くまでやって来た。巨大な船体が揺れもせずに宙に浮いている。あまりの非現実的な景色に健二は驚くのも忘れて、ただただ宇宙船を見つめているだけだった。
 宇宙船はゆっくりと近づいてくるにつれて、ベランダの前に巨大な壁ができたような感じになった。その壁がゆっくりと健二の方に迫ってくる。
 壁はアパートのベランダから四メートルくらいの所で止まった。あまりに巨大なので全体の形が分からないが、アパートのベランダ側の河原の上に宇宙船は浮かんでいた。
 健二は驚きのあまりぼうぜんとして立っていた。何が起こっているのか考えられなかった。

 宇宙船の外壁に四角い扉らしいものがあったが、それが開き始めた。かなり大きな扉で外側に倒れるように開いて、開いた扉がそのまま通路になった。通路はベランダの手すりの高さになっていて、手すりに隙間なくぴったりとくっついていた。
「どうですか、宇宙船です」
 セリーヌは勝ち誇ったように、ニコッと笑った。
 健二は足ががくがく震えてきた。彼女は本物の宇宙人!! さっきの話は全部、本当の事だったんだ。
「中をお見せしましょうか?」
 彼女は手を差し出した。
 健二が意味が分からず、ぼうとして立っていると。
「あたしに、自分でここを登れって言うんですか?」
 宇宙船の通路に上がるにはベランダの手すりを登らなければならないが、彼女のドレスでは、手すりを登るのは無理だった。
「ああ……」
 健二はまず、セリーヌの腰を持って持ち上げようと考えたが、これでは手すりの高さまで上げるのが大変だ。じゃあセリーヌを抱き上げようかとも思ったが、彼女を抱くなんて出来そうにない。自分が先に通路に上がって引き上げるのが一番楽そうだったが、それでは自分が宇宙船の通路に乗ってしまう。通路とはいえ、宇宙船に乗るのはちょっと怖かった。
 セリーヌをみると、もたもたしている彼を軽蔑の目で見ている。優柔不断な男と思っているらしい。
 思い切って、健二は通路に上がった。そしてセリーヌの手を引っ張って通路に引き上げた。
「ありがと」
 セリーヌは冷たくお礼を言うと、そのまま健二の手を引っ張って宇宙船の中に入っていく。
「いや、あの……」
 まさか、このまま宇宙船に入るつもりなどぜんぜんなかったが、もはや、セリーヌに逆らう勇気もなかった。健二はなにも考えられないまま、セリーヌに引かれて宇宙船の中に入っていった。





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