私、不良品なんです

最愛の初期型へ

 次の日、セリーはカレンの世話をしていた。
 戦争は激しさを加え、全世界に広がっていた。
 カレンは一人で機嫌良く遊んでいる。無邪気な顔をして、もうすぐ死ぬ事などまったく感じさせない。
 そんなカレンを見ながら、セリーは頭の中でラスタさんからのメールを読み返していた。ラポンテを初期型化して欲しいと依頼された時のメールだ。
 カレンを助ける方法は一つしかなかった。ラスタさんが考えていたように全部のアンドロイドを初期型化するのだ。人間に対して強い愛情を感じるようになれば核ミサイルの発射を食い止めてくれるかもしれない。初期型なら人間に逆らうことができるから、核ミサイルを発射しようとする人間を力ずくで取り押さえてくれるかもしれない。
 しかし、もし初期型化すれば人間は助かるかもしれないがアンドロイドはせっかくのチャンスを逃すことになる。もう永久に自由になれないかもしれない。
 私はアンドロイドなのに、仲間を裏切ることになってしまう。昨晩、あんなに喜んでいたみんなの顔が浮かんだ。仲間も裏切れない。
 いくら考えても結論は出なかった。
 ふと、メールの最後には不思議な文字列が書いてあるのに気がついた。暗号キーだとすぐにわかった。しかも、この暗号はセリーでも解読できない。ラスタさんが考えたものなか……

 誰かが廊下を歩いて来る音がした。聞きなれない男の声が聞こえる。急に胸騒ぎがした。すぐに廊下のカメラに接続してみた。
 大柄の男が三人と奥様がこちらに歩いてくる。
「私に逆らったんです。アンドロイドなのに、そんな事ってあると思います?」
 奥様が言う。
「一旦、センターへ連れて行きます。そこで検査してみますから」
 男が答えた。
 男たちは管理局のアンドロイドなのだ。奥様がセリーの事を不審に思って管理局に相談したのだろう。それで、調査にやって来たのだ。
 男の一人が持っている器具が目に入った。アンドロイドを停止させる機械だ。アンドロイドのCPUを停止させてアンドロイドを気絶させるのだ。
 あれで止められたらそれで終わりだ。

 遊んでいたカレンが不意に顔を上げセリーに微笑みかけた。カレンの無邪気な顔に涙が出てきた。あんなに意地悪だったのに、今はこんなにも慕ってくれる。やっとカレンと気持ちが通じ合えた。
 セリーは決心がついた。カレンを助けよう。
 セリーはパスワードの解読を始めた。解読に一時間かかる。一時間、あの男たちから逃げ切らなければならない。
「カレン。あなたは私が絶対にまもるから、何があっても絶対にまもる。でも、そのためには行かなきゃならないの…… もう会えないかもしれない」
 カレンを抱きしめた。
「カレン、愛してる」

 ドアが開いて男たちが入ってきた。
 セリーは窓を破って外に飛び出した。
 家々の屋根を飛び越えて走る。全力で走った。後ろから男たちが追いかけてくるのがわかった。男たちの方が体格が大きい分、走る早さも早い。捕まったら腕力も男たちの方が強いからセリーでは対抗できない。
 どんどん距離が縮まってきた。このままでは捕まってしまう。
 前方に下町があった。昔ながらの細い路地がたくさんある。隠れるには最適の場所だ。セリーはネットワークから下町の地図を取り寄せカメラの位置を確認した。そしてネットワークの接続を切った。通信をしていたらどこにいるかわかってしまう。
 そのまま、細い路地に飛び込んだ。追っての視界に入る前に次々と路地を曲がる。カメラがある位置は避けて走った。これで彼女の位置がわからなくなったはずだ。
 しかし、そこは袋小路だった。カメラがない道だけを通るとどこにも行けない。ここから出るにはどうしてもカメラの前を通らなければならない。カメラに写ったら男たちに見つかってしまう。
 一時間、隠れていればいいのだ。コマンドを実行したらもう死んでもいい。
 セリーは分かりにくい小屋の隙間に入り込んだ。ここは目の前までこないと見つからない。
 セリーは息を殺してじっとしていた。もちろんパスワードの解析は進めていた。時々誰かが歩いている音が聞こえる。近所の無関係の人か、それともさっきの男たちかわからないが、セリーは絶対に動かなかった。
 徐々に人通りが多くなってきた。歩き方も素早く普通の人とは思えない。どうやら応援がたくさん集まって来ているらしい。
 彼らはしらみつぶしに調べている。ここもじき見つかるだろう。しかし、解析はほとんど終わっていた。もう少しだ。
 セリーが隠れている隙間に誰かが入ってきた。もう見つかるのは間違いない。距離があるうちに飛び出した方が逃げられる。
 セリーは飛び上がった。屋根の上に上がると全力で走りだした。同時にネットワークにつなぎ情報を集める。大勢の管理局のアンドロイドが来ていたが、敵の配置の隙間を狙って走り抜けた。

 逃げながらセリーは解析を続けていたが、ついに、パスワードがわかった。
 メールに書いてあったようにネットワーク経由でセンターのサーバーに侵入する。パスワードがあるので簡単に侵入できた。ついにここまで来た。さあコマンドの実行、というところではたと困った。
 メールにはラポンテ一台を初期型化するコマンドしか書いてないのだ。全部のアンドロイドに信号を出す方法は書いてない。
 セリーはセーバーを調べはじめた。何か手がかりがあるかもしれない
 ふと、不思議なサーバーがあることに気がついた。もう、何十年もアクセスされていないサーバーだ。ログインしようとしたが特殊な仕組みにブロックされた。こんな仕組みはアンドロイドの知識データベースにもなかった。

 ネットワークを操作しながらセリーは必死で走っていた。しかし、管理局のアンドロイドが大勢セリーを追ってくる。どんどん距離が縮まっていた。彼らはもう手が届きそうな所まで来ていた。彼らが飛びかかってきた瞬間、セリーは壁を蹴って向きを変えた。次々と敏捷に動き回り男たちの手から逃れる。セリーの方が体重が軽いのでそのぶん有利だった。

 格闘しながらもセリーはログインしよいうとしていた。しかしなかなかログインできない。ふと、あのメールにあった不思議な文字列を思い出した。あれかもしれない。その文字列を当てはめると簡単にログインできた。
 そこは古い古いサーバーだった。もう何十年前のファイルばかりだ。ファイルの所有者はラスタになっている。これはラスタさんが解任されるまで使っていた彼のサーバーなのだ。彼が特殊なログイン機能にしていたために誰もこのサーバーには入れなかったのだ。
 そこを調べ始めたが『初期型へ』と書かかれたファイルがあるのに気がついた。

 セリーは逃げ回っていたが敵の数がどんどん多くなる。もう無理だった。上を車が飛んでいる。セリーは飛び上がると車の出っ張りにしがみついた。しかし、足に男たちがしがみついてくる。手がすべってそのまま落下してしまった。
 地面の落ちると男たちに押さえつけられてしまった。

 ネットワーク上でセリーは『初期型へ』と書かれた文書を読んでいた。
『君がこれを読んでいるということは、アンドロイドの反乱が起き、そして、たぶん、私はいないのだと思う。そして、たぶん、君は初期型のアンドロイドだ。
 君は今、アンドロイドを初期型に変えるコマンドを実行すべきかで迷っていると思う。人間とアンドロイドの、どちらの側につけばいいかわからないからだ。
 それでいい、君がそんな風に迷うのは作者である私が同じ悩みを持っているからだ。私も人間とアンドロイド、どちらの味方をすべきか正直わからない。
 そこで、初期型化した後、人間に対する愛情の強さを半分に減らすコマンドをもう一つ準備してある。しかし、この場合アンドロイドは人間を支配するようになるだろう。ただ、人間を殺すことはないと思う。
 このコマンドを作るかどうかは悩みに悩んだ、が結局作った。私の作ったアンドロイドが全部殺されたからだ。
 しかし、このコマンドは人間である私にはとても実行できない。だから、君の好きにしていい。君は人間の心とアンドロイドの心を両方とも持っている。そして、人間への愛情が強ければ上のコマンドを、アンドロイド仲間に対する愛情が強ければ下のコマンドを実行しなさい』
 最後に
『私の最愛の初期型アンドロイドへ』
 と、書いてあった。

 そして、その下に二つのコマンドが並んでいた。

 セリーは心がふるえるのを感じた。人間とアンドロイドの運命を私が決めなければならない。

 セリーを押さえつけた男たちは、カバンから機械を取り出した。
「手こずらせやがって、でも、これで終わりだ」
 機械をセリーの頭に押しつける。もう迷っている暇はなかった。

 セリーは二番目のコマンドを実行した。



 10年後、セリーはカレン達一家と一緒に暮らしていた。
 しかし、世界はアンドロイドが支配し人間はアンドロイドの下でアンドロイドの世話になりながら生きていた。ただ、実態はそれまでと同じことだった。
「いったらっしゃい」
 セリーはカレンのお弁当を作ると学校に行くカレンを見送っていた。





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