私、不良品なんです

プレゼント
 ある日、おじいさん夫婦から贈り物が届いた。子供たちはおお喜びだ。綺麗に包装された箱が二つある。子供たちは奪い合うようにしてその箱を持ってセロルドの部屋に駆け込んだ。この二人が一緒に遊ぶときはいつも兄の部屋で遊んでいたのだ。
 それぞれ一個ずつ箱を開けると、セロルドの箱からはお人形が、カレンの箱からは戦車のおもちゃが出てきた。
 誰が考えても、おじいさん夫婦はセロルドに戦車をカレンにお人形をプレゼンとしたと思えるのだが、女の子らしくないカレンは人形に興味を示さない。自分が開けた箱から出てきた戦車をうれしそうに見ている。しかし、セロルドが人形を喜ぶはずがない。
「これが、俺んだよ」
 セロルドがカレンが持っていた戦車を取り上げた。カレンはビックリしていたが、すぐに取り返そうとしてセロルドに飛びかかった。
「これがおまえのだろう」
 セロルドは人形をカレンに渡す。
「そっちが私の」
 カレンは人形など無視して戦車を取り返そうとする。たちまち取っ組み合いの喧嘩が始まった。
 前回と同じようにサラと二人で子供たちを引き離した。
「セリー、取り返して」
 カレンがセリーに命令する。前回と同じだ。
『これは、セロルドが正しいわ』
 サラの声がネットワークから聞こえた。
『なぜ、カレンが開けた箱よ』
 今回はそう簡単には引き下がれない。絶対にカレンの味方をする。セリーはそう決めた。
『なにをバカな、お人形がカレンのおもちゃに決まっているでしょ』
『そんなの偏見よ。先に開けた方に優先権があるわ』
 セリーはセロルドの手から戦車を取り上げるとそれをカレンに渡した。
「サラ、取り返せ」
 今度はセロルドの命令だ。
 サラが素早くカレンの手から戦車を取り上げ、セリーを睨む。
『セリー、バカなことはやめなさい』
 サラが怒鳴る。
「セリー、取り返して」
 カレンの声だ。セリーは猛然とサラに向かうと彼女の手から戦車を奪い取った。
『セリー、あなたどうかしてるわ!』
『してないわ、カレンの方が正しい。それだけよ』
 今度はサラが向かってきた。
 アンドロイドの腕力は人間の数百倍ある、運動能力も桁違いに大きい。
 セリーは向かってきたサラを壁に向かって投げ飛ばした。サラは素早く宙返りをし壁の桟木を蹴るとセリーに体当たりする。セリーは跳ね飛ばされて窓にぶつかりそうになったが、うまく窓の枠に足ををかけて受け止めた。
 喧嘩にはなったが部屋を壊すわけにはいかない。アンドロイドが本気で戦ったらこんな部屋などバラバラに壊れてしまう。お互いに部屋の調度品を壊さないように注意しての戦いだ。
 セリーがサラを天井に向けて蹴飛ばす。サラが天井に足をあてて柔らかく受け止めそのまま真下にいるセリーに向かってくる。
「すげー」
 軽業のように部屋中を飛び回るサラとセリーを二人の子供がビックリしてみている。
 サラはセリーが手に持っている戦車を取ろうとするが、体重が軽く作られているセリーの方が有利だ。
 二人は部屋を壊さないように注意して戦っていたが、壁や天井にぶつかるたびにものすごい音がしていた。
 何事が起きたかと奥様が駆け込んできた。
「やめなさい!! 何してるんです!!」
 奥様に怒鳴られて二人はやっと我に帰った。ちょうどセリーがサラを蹴飛ばそうとしている所だった。
「カレンがおもちゃを取ったんです」
 サラが叫ぶ。
「ちがいます、セロルドが取ったんです」
 セリーも叫んだ。もう、絶対に負けられない。
「どうしたというのです!」
 奥様が叫ぶ。
「戦車はセロルドのおもちゃです」
「ちがいます。カレンが先に開けた箱に入っていたからカレンのです」
 セリーも負けていない。
「おもちゃの取り合いなの?」
 奥様は驚いている。ふと、床に落ちているお人形を見つけた。
「これがカレンのおもちゃでしょ」
「女の子だからって、お人形とは決まっていません」
 セリーは必死で主張した。
「でも、お人形がセロルドのおもちゃじゃおかしいわ」
「でも、二人とも戦車が欲しいんです。だったら、先に開けた方に優先権があるはずです」
「それは違うわ。戦車がセロルドのおもちゃよ、そうでしょ」
「ちがいます」
 セリーは夢中だった。
「なにが違うの。セリー、あなたおかしいわ」
「カレンが先にこのおもちゃの箱を開けたんです。だからカレンのです」
 セリーは主張したが、奥様は眉をしかめた。
「おかしな事を言うわね。お人形がカレンのおもちゃに決まっているでしょ」
「それは偏見です」
 セリーは必死だったが、奥様はしだいにセリーが間違っていると考え始めた。
「セリー、それをセロルドに渡しなさい」
 奥様は厳しい口調だ。
「いやです」
 声が震えた。
 とうとう限界を越えてしまった。人間の命令に明確に反抗する。アンドロイドが絶対にやってはいけない事だ。正常なアンドロイドなら実行できない行為だ。欠陥があることが分かって殺されてしまうかもしれない。でも、それでも、カレンを裏切れなかった。私はカレンのアンドロイド、どんな事があってもカレンの見方をする。
「セリー! これは命令です。それをセロルドに渡しなさい」
 奥様がさらに厳しい口調で命令した。
 これ以上は無理だった。逆らっても意味がない。力が抜けたセリーの手からサラがおもちゃを抜き取った。
『まったく、あんた、どうかしてるわよ』
 サラがネットワークで一文句を言うと、それをセロルドに渡した。
「セリー! あなた、少し変よ。自分の部屋に戻っていなさい」
 奥様の厳しい目が鋭く突き刺さる。
 仕方なかった。セリーは頭をさげると、自分の部屋に向かった。
 後ろから、子供たちの明るい声が聞こえてきた。今の軽業さわぎで子供たちはおもちゃの取り合いを忘れて大騒ぎしているらしいのが、せめてもの救いだった。


 セリーは気晴らしにテレビをつけて、ぼんやりとしていた。テレビは戦争の話ばかりだった。今にも戦争が始まりそうだと言っている。
 ついにやってしまった。面と向かって人間に逆らってしまった。はっきり『いやです』と言ってしまった。奥様は今のを不信に感じただろう。修理に出されるかもしれない。そうすれば終わりだ。
 セリーは頭を抱えた。私はやっぱり欠陥品なのかもしれない。今のは冷静に考えればお人形がカレンのおもちゃだ。それを私はなぜあんな事を…… インストールのミスでどこかが間違っているのかもしれない。
 殺されるなら逃げようかとも考えた。しかし、逃げたら追われるだろう。もし生き延びようと思うなら、どこかで人間と戦わなければならない。人間と戦えば人間を殺してしまう。それはできない。
 セリーは、昔、殺される事がわかっているのに死地に出向いて行ったアンドロイドの気持ちがわかったような気がした。みんな、人間の事を考えたのだ。

 セリーはいつまでも椅子にすわっていた。いくら悩んでも、どんなに考えても結論は出なかった。
 ふと、扉が少し開いた。しばらくそのままだったが、開いた扉の影からカレンが顔をのぞかせた。
「カレン……」
 カレンのあどけない顔がかわいかった。天使のように見えた。カレンがセリーを力づけに来てくれたのか…… しかし、カレンにそんな様子はない。
「あれを見せてくれない?」
「あれ?」
「天井に飛び上がるやつ。サラに頼んだら、ダメだって」
 カレンがやって来た理由がわかった。さっきの軽業が見たかったのだ。
「いいわよ」
 セリーは笑った。
 それから、カレンを抱えてベットの上に載せた。ここは子供たちの部屋と比べると非常に狭いから、カレンを安全な所に置いておかないと危険だ。
「それっ」
 セリーは天井近くまで飛び上がって宙返りをした。カレンが喜んでいる。
 何度も何度も飛び上がって見せた。
 それからカレンを抱きしめた。力一杯抱きしめた。もう、カレンに会えないような気がしてならなかった。





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