売られる
家に戻るとすぐにラポンテから連絡が入った。ラスタさんからの訪問の正式の申し入れだ。急いで返事が欲しいと言う。ラスタさんのあの性格なら早く返事してあげないとラポンテが困ってしまうだろう。
まず、バッサラさんに相談しようと思ったが、あいにく彼は奥様の仕事をしていて、時間がかかりそうだった。
セリーは自分でやってみる事にした。この程度の事なら、私を売らないように話を仕向けることが出来そうだった。
セリーは旦那様の所に向かった。
旦那様は書斎でデザインをかいてある最中だった。
「ちょっとよろしいですか?」
セリーは部屋の中に入った。
かなりの緊張だった。アンドロイドが人間を思うように動かす。怖いが、いつかは出来るようにならないといけないのだ。
「じつは、私を買いたいと言う人がいるんです。その人がその交渉のためにお会いしたいそうです」
セリーは話を切り出した。旦那様はきょとんとして顔を上げた。
「君を… なぜ?」
さあ、うまく説明して私を売るのはもったいないと思わせなければならない。
「アンドロイドにはそれぞれ個性があります。で、私はかなり特殊な個性に作られてしまったみたいなんです。こんなのは滅多にできないそうです。ほら、この前、私は初期型に近いとおっしゃった事があったでしょ、その方もそんな私の個性が気に入って私が欲しくなったんです」
「なるほど」
旦那様は改めてセリーをまじまじと見つめている。
「でも、私はカレンと別れたくありません。私ならカレンとうまくやれると思います。でも、もし私を売ったら、カレンから逃げ出さないアンドロイドなんてまず見つからないと思います。お願いです、私を売らないでください」
「なるほど」
セリーは夢中で訴えたが、旦那様の反応は今ひとつだ。
「もし、私を売ったら、こんなアンドロイドはもう見つかりませんよ」
セリーはもう一度念を押したが、どこか声がうわずってしまった。
旦那様は椅子を回してセリーを真正面から見つめている。
「その人と、どこで会ったの?」
「今日、お暇をいただいて、私の友達の所へ遊びに行ったんです。そこのご主人です」
「で、その人が君を気に入ってしまったわけか?」
「そうです」
旦那様はセリーを見ながら考えている。
「で、その人、君をどのくらいの値段で買うつもりなんだね?」
「えっ……」
話がまずい方向に進み始めた。
「いえ… あの…… 確か、かなりの金額は…… 出すつもりのようです」
「そうか」
旦那様が嬉しそうな顔をしている。
まずい、まずい方に話が進んでいく。セリーではまだ人間を操るなんて無理なのだ。やっぱりこの交渉はバッサラさんに頼めばよかったと後悔したがもう遅かった。
「で、いつ来るんだね?」
旦那様は完全にお金に目がくらんでいる。でも、指示に従うしかなかった。
「あすではいかがでしょう?」
「わかった」
旦那様はうれしそうに答えた。
「では、あすの十時ということで、先方と確認をとります」
「たのむ」
旦那様はにんまりとしている。私よりお金の方がいいのか。そんなに心が冷たい人なのか。
「あのう、私を売ってしまうおつもりなんですか?」
「いま、うちはお金が無くて困ってるんだよ。それに、君だってこの話は悪い話じゃないと思うよ。あんなわがままなカレンの世話をするより、君を気に入ってくれる人の所の方がいいんじゃないのかな」
「いやです、カレンと別れたくありません」
精一杯の反抗だったが、旦那様は困ったように頭をかいている。
「まあ、あすの交渉しだいだな。金額が安かったら売らないよ」
「はい……」
セリーは憮然とした思いで答えた。
この人は自分の娘をなんだと思っているんだろう。問題をかかえているカレンをなんとかしてあげようと思わないのか。カレンの事をなんと考えているんだろう。
セリーは部屋を出ていきながらラポンテに連絡をとった。それから、まっすぐバッサラさんの所に向かった。やっぱり最初からバッサラさんに頼めばよかったのだ。なんとかしてもらわないと売られてしまう。
夕食の時間になった。
家族全員での夕食も終わりかけたころ、バッサラがおもむろに口を開いた。
「あすの来客は旦那様だけがお会いになるのですか?」
不意をつかれて旦那様がギョッとしている。
「そうする」
旦那様が答えたが、奥様が不思議そうだ。
「どなたか、お出でになるの?」
「たいした話じゃない」
旦那様が答えるが、奥様はいよいよ怪訝な顔をする。
「誰なのよ?」
「俺がでるから、いいよ」
旦那様が言いたがらないので奥様はバッサラを見た。
「だれが来るの?」
「セリーを買いたいと言う方がお見えになります」
バッサラはすまして答えた。奥様はビックリしている。
「あなた、セリーを売るつもりなの?」
「ちがう、まず会ってみるだけだよ」
「セリーは売りませんからね。こんないい子、どこ探してもいませんよ」
「わかってるよ。ただ、うちはお金に困ってるだろう。少しは対策を考えないと……」
「でも、カレンとこれだけうまくやれるアンドロイドはセリーの他にいませんよ。カレンとお金とどっちが大事なんです」
奥様が厳しく言い返すと、旦那様はたじたじになっている。
「言われなくてもわかっているよ。だから会ってみるだけだって」
「あすのそのお客様はわたしもご一緒します。いいですね」
「別にかまわないよ。ただ、かなりの金額で買ってくれそうなんだ。もし、ものすごい高額だったらどうする?」
そう、聞かれて奥様の表情が少し変わった。奥様は返事に困っている。
「次に買うアンドロイドは逃げた訳じゃないから罰金はいらないんだ」
急に旦那様が元気になってきた。奥様は何かを言い返えそうとしているが言う言葉を思いつかない。
「な、会って話してみる価値はあるだろう」
なんと、奥様もお金に目がくらんでる。まずい展開だ。セリーはバッサラを見た。なんとかしてくれないと……
「セリーを売るの?」
突然カレンが声をあげた
「売りませんよ」
奥様が答えたが、カレンは不安そうだ。
「セリーは私のよ」
「大丈夫よ」
奥様がなだめようとしているが、カレンの顔が険しくなってきた。
カレンは椅子から降りるとセリーの所にやって来た。そして、セリーの腰に手を回してグッと引き寄せる。
「セリーは私の!!」
セリーは涙が出そうだった。カレンにここまで大事にしてもらえるなんて。
「大丈夫、売りませんよ」
奥様が答えるが、カレンは信用しない。
「絶対に離さないからね!!」
カレンが叫ぶ。
セリーはカレンの目の高さにしゃがみ込んだ。
「大丈夫よ、私は殺されてもあなたから離れません」
本気だった。もし、売られても反抗してここに残るつもりだった。それで殺されることになってもかまわない。
「でも、あなたからも頼んで、セリーを売らないでって」
カレンはうなずくと、両親の方を見た。
「セリーを売らないで」
いつものヒステリックな声ではなくて、泣きそうな声だった。
いつの間にかカレンを抱きしめていた。涙がどんどん出てきて何も見えなかった。
次の日、ラスタさんが交渉に訪れたが旦那様が頑固に断り、結局ラスタさんは悲しそうに帰って行った。
セリーの所にメールが届いていた。
ラスタさんからで、ラポンテだけでも初期型に出来ないかとのメールだった。
パスワードを教えてしまうと何でもできてしまうから問題だと考えるなら、やり方を教えるから、実際の操作はセリーがやって、ラポンテだけ初期型にして欲しいとのことだった。
パスワードの解読方法やサーバーへの接続方法などが書かれていた。
少し心が動いたが、やはり違法なことはやるべきではない。
丁寧に断りのメールを書いた。そして、自分が時々遊びに行くから、それで我慢して欲しいと付け加えた。
旦那様に頼んで、暇な時は必ず遊びに行こう。セリーはそう思った。