私、不良品なんです

カレンとの関係
 次の日はカレンの担当に戻った。また大変な仕事が始まった。でも、カレンに何をされても笑顔を絶やさないことにした。
 あたしはカレンのアンドロイドなのだ。百パーセント、カレンの味方じゃないといけない。どんな事があってもカレンのために戦おうと思った。他のアンドロイドは持ち主に死ねと命じられたら死ねるのだ。私のような不良品をつかまされてカレンがかわいそうだった。ふと、カレンのために死ねるのだろうかと考えた。でも、とても出来そうにない。他のアンドロイドは死ねるのだろうなと思うと不思議だった。どんな感覚なんだろう。
 カレンは相変わらずだった。
「口で取りなさい!!」
 カレンは、お菓子の包み紙を丸めると放り投げてきた。
 カレンはアンドロイドをいじめて楽しんでいる。少し異常なんだろうか。こんな事はやめさせないとおかしな人間になってしまう。カレンは来年は小学校だ、うまく集団生活ができるのだろうか。
 飲み込めと言うから飲み込むと、また別のゴミを投げてくる。
 ふと、思いついた。これを遊びにしてみよう。
「もっと、高く投げて」
 カレンは不思議そうな顔をしたが、言われたとおり高く投げ上げた。それを、口でうまくキャッチした。アンドロイドの運動能力は人間をはるかに越えているから、こんな芸当はそれほど難しくなかった。
「もう一度、投げて」
 お菓子の包みをカレンに返しながら言った。
 カレンが包を投げ上げると、また、キャッチしてみせた。カレンがおもしろそうに笑っている。
「今度はもっと遠くに投げて」
 かなり離れた所に投げる。素早く滑り込むと口でキャッチした。
 カレンが投げると、それを受け取る。カレンは面白がって何度も繰り返した。カレンがニコニコ笑うようになってきた。
「ねえ、私にもやらせて」
 今度はカレンが口で受け取ると言う。
 セリーはカレンに投げてやったが、カレンはぜんぜん受け取れない。包み紙は開けた口の横に当たって落ちてしまう。
 セリーは丁寧に、もしカレンが動かなかったら口に入る位置に投げてやるが、カレンが受け取ろうとして動くので口から外れてしまう。人間の運動能力ってものすごく低いのだ。
 何度やってもうまくいかない。やがてカレンは癇癪を起こしセリーに飛びかかってきた。ポカポカと殴る蹴るむちゃくちゃする。しかたなくセリーは笑顔で耐えていた。うまくいかないものだ。
 不意に奥様が部屋に入って来た。たぶん、カレンのわめき声が奥様の部屋まで聞こえたのだろう。
「カレン、やめなさい」
 カレンは殴るのをやめて、引きつった顔で母親を見ていたが、再びセリーを殴り始めた。
「やめなさい」
 奥様がカレンの手をつかむ。が、カレンは癇癪を起こして激しくあばれだした。奥様の足をカレンが蹴るので奥様もカレンを抑えきれなくなっている。
「セリー、手伝って」
「はい」
 そう、答えたもののセリーは迷った。奥様を手伝ってカレンを拘束するのか、しかし、それではカレンを裏切ることにならないか、どんな事があってもカレンの味方をするはずなのに……
 セリーはカレンに軽く抱きついた。セリーが抱きついてきたのでカレンはビックリしてセリーを蹴飛ばす。しかし、セリーは殴られるままにカレンに抱きついていた。
 カレンの蹴りはさっきのと比べ物にならないくらい強い。さっきはセリーが痛くないように手加減していたのだ。
「カレン、止めなさい」
 再び奥様がカレンを引き離そうとする。
「奥様、私は大丈夫です」
 セリーはカレンに抱きついたまま、カレンから離れようとしなかった。
「どうするつもり?」
「お嬢様の気が晴れるまでこうしています」
 癇癪を起こす子供にどう対応していいのか正直わからなかった。厳しく叱った方がいいのかもしれない。ただ、カレンには自分の気持ちを誰もわかってくれないとの思いがあるように思えた。母親は理由など聞かず最初からカレンが悪いと決めてかかってカレンを叱る。
 奥様はカレンの手をはなし、どうしたものかと二人を見ている。カレンは相変わらずセリーを殴っていたが、セリーはじっとして動かなかった。
 やがて、カレンは殴る回数が減ってきた。殴り疲れて気持ちが落ち着いてきたらしい。カレンが殴らなくなるとセリーは抱きついていた手を離した。
「なぜ、殴るの?」
 カレンの目をやさしく見ながら聞いた。
「お前が、抱きついてきたから」
「その前よ、お母さまがいらっしゃる前のこと」
 そう言われて、カレンは考えている。
「お前の紙の投げ方がへただったから」
「そう、それで腹をたてたのね。でもね、あれはも元々ものすごく難しいことなのよ、誰だって簡単にはできないわ。うんと練習しなくちゃ出来るようにはならないの。でもね、うまく出来ないと人間誰だって腹がたつものなの、だれでもみんなそうよ。でも、それは、誰かが悪いわけじゃないから誰かを殴ったりしちゃいけないわ」
「でも、お前はアンドロイドでしょ」
 セリーは軽く笑った。
「アンドロイドでも殴っちゃいけないって知ってるはずよ」
 カレンはもう言い返すことができず、黙ってセリーを見ている。
 セリーはカレンを抱きしめてあげた。ぎゅっと、カレンが息ができなくなるくらい強く抱きしめてあげた。
 カレンの涙で汚れた笑顔がかわいかった。始めてカレンの心をつかむことができた。やっとカレンが話をまともに聞いてくれた。
「さあ、顔を拭きましょ、涙でぐしょぐしょよ」
 セリーは立ち上がるとカレンの手を引いて洗面所に行こうとした。が、奥様がすっと立ちふさがった。
「たいしたものね、でも、後はあたしがやるわ」
 水をぶっかけられた思いだった。カレンと心が通じて有頂天だったのに、谷底に突き落とされてしまった。
 出すぎた事をしてしまった。アンドロイドは単に子供の世話をするだけの役目なのだ。子供のしつけは母親がする。それを母親の目の前で子供を横取りするような事をしてしまった。
 奥様はセリーを無視するとカレンの横にすわり、カレンを抱き寄せ何かを話始めた。
 気まずい雰囲気だった。
 奥様はセリーなどその場にいないかのように振る舞っている。しかたなくセリーはそっと部屋を出た。

 セリーは自分の部屋に戻ってきた。
 奥様との関係は大失敗だったがカレンとはうまくやれそうだ。それで良としよう、くよくよしても仕方がない。
 ふと、メールが来ていることに気がついた。ラポンテからだ。
 ラポンテは値下げしたらやっと売れたらしい。でも、買われた先はアンドロイド嫌いの老科学者だと言う。
 アンドロイドが嫌いでアンドロイドを一台も持っていない老科学者がいて、でも、年を取ってきたので身の回りの世話が必要になり、家族がラポンテを買ってプレゼンしたらしい。しかし、ラポンテを見ると彼は怒りだし、今、ラポンテは老科学者の家の玄関の外でじっと座って待っていると言う。
 ラポンテに比べたらここは天国だ。
 セリーはこちらの状況を詳しく書いた。カレンとのやりとり、カレンとなんとかうまくやれ
そうなこと、奥様に怒られて今しょげている事などを書いてメールを送った。





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