私、不良品なんです

カレン
 ラン家の屋敷は非常に立派な建物だった。中央に大きな広間があり、その周囲が部屋になっている。
 セリーは自分の部屋を割り当ててもらった。窓の外には立ち木があって日の当たらない部屋だったが、それでも自分の部屋をもらえたのはうれしかった。
 衣類など必要なものは夜準備しておくように言われた。アンドロイドは睡眠を取る必要がないので、人間が寝静まった夜が休憩時間になるのだ。
 セリーはカレンの専属だからずっとカレンのそばにいるのだが、ともかく大変だった。コップはひっくり返す、お菓子は散らかす、汚れた足で歩き回る。つきっきりで掃除していなければならない。
 カレンはおかしの包み紙をくるくるっと丸めると、
「セリー、口で受け取って」
 ポンと投げてくる。思わず手で受けとると。
「口で取んなさい!!」
 激しく怒鳴る。そしてセリーの手から包み紙を取り返すと、また投げて来る。
 アザラシの曲芸見たいに今度は口で受け取った。
「飲み込みなさい!!」
 カレンはアンドロイドの口をゴミ箱と思っているようだ。
 がまんしようと思うが徐々に怒りがこみ上げてきた。他のアンドロイドはこれを耐えるのだろうか。
 頭の中にアンドロイド保護法を引き出してみた。虐待されるアンドロイドは特殊な施設に逃げ出すことが認められている。虐待の例を検索してみると今の仕打ちは虐待にあたるようだった。耐えられなくなったら逃げ出せばいい、でも二ヶ月は頑張ろう。
 アンドロイドの動力源は電池だが、人間に付き合って食べ物が食べられるようになっている。食べた物はお腹の袋に入るようになっていて、肛門に相当するものが付いていて後で出すことができる。だから、紙屑を飲み込んでも害はない。
 セリーは我慢して包み紙を飲み込んだ。
「テレビ!!」
 カレンが厳しい声で命令する。
 どうやらテレビをつけろと言う意味らしい。素早くテレビの仕様書を読み出した。ネットワーク経由で制御できるようになっている。セリーはネットワークを使ってテレビのスイッチを入れた。家の中のすべての物がネットワーク経由で制御するようになっていた。
「番組!!」
 カレンが怒鳴る。
 やはりネットワークで番組を選んでやった。やっとカレンの気に入る番組が見つかりカレンはおとなしくなった。うるさい子にテレビは救いの神だ。しかし、家中の設備が全部ネットワーク経由でないと操作できないようになっている。これでは全部アンドロイドにやってもらわないと人間は自分では何もできないことになる。
 暗くなってきたので明かりをつけなければならないが、これもネットワーク経由だ。しかも、部屋のどこにも照明のスイッチはついていない、照明の操作すら人間にはできないようになっている、アンドロイドがいなくなったら人間はどうするつもりなんだろう。セリーは首をひねりながらネットワーク経由で明かりをつけた。

「夕食の準備ができました」
 ネットワーク経由でコックのアンドロイドから連絡が入った。全員専属のアンドロイドを持っているから必要な連絡はアンドロイド経由でやればいいのだ。しかし、そうすると、自分がカレンに食事だと伝えなければならない、せっかくテレビを見ていて機嫌がいいのにそれがぶち壊しになってしまう。
「お嬢様、夕食の準備ができたそうです」
 恐る恐る声をかけた。
「すこし待って!!」
 カレンの怖い声。そうだろう、今、テレビはおもしろいところだ。
 セリーはカレンの後ろにじっと立ってテレビの区切りがつくところを待っていた。しかし、なかなか区切りがつかない。
「旦那様がカレンさまを待っておられます」
 旦那様専属のアンドロイドから連絡が入った。たぶん、もう家族は食堂に集まっていてみんなカレンを待っているのだ。困ってしまう。
「今、カレンさまはテレビをご覧で、もっと見ていたいそうです」
 セリーは返事をした。旦那様にここに来てもらったら助かるのだが。
「今すぐカレンさまを連れて来るようにとおっしゃってます」
 すぐに返事が返ってきた。さあ、万事休すだ。どうする。
「あの、お嬢様。お父様がすぐに食堂に来るようにとおっしゃってます」
 カレンの怒鳴り声に身構えたが、意外に素直にカレンは立ち上がった。
「そこ、記録しておいて」
「記録…… 何をです?」
「テレビよ」
 バカかと言うような顔でセリーを見る。すぐに意味がわかった。このテレビはセンターから番組を取得する方式なのだ。つまり、見たいところをいつでも見ることができる。番組の途中ならそこを記録しておけば後でそこから見る事ができる。
「承知しました」
 セリーは胸を撫で下ろしながら頭を下げた。ともかくカレンが食堂に行ってくれるなら何でもいい。
「ついておいで」
 カレンはすたすたと歩き始めた。あわててカレンの後を追う。そうだ、テレビと明かりだ。セリーはネットワーク経由でテレビと明かりを消した。





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