私、不良品なんです

セリー
 目を開けると、どこかに横になっていた。頭の上には大きな機械があって、そこから何本もの電線が自分の方に垂れ下がっている。電線は自分の体につながっているように見えた。
 手を動かすと一本の電線が揺れた。手を見ると手首に電線がつないである。その電線を外そうともう一方の手を動かしたらそちらにも電線がつながっていた。
 電線を引っ張ると手首に張り付けてあったテープがはがれて電線は簡単に外れた。
「さあ、起きて」
 声がした方を見ると作業服を着た男が手を差し出していた。彼の上半身しか見えないから、自分はどうやらベットか台の上に横になっているらしい。
 しばらく彼の顔を見ていた。誰なのかまったく分からない。
「さあ、手を伸ばして」
 彼はもう一度手を差し出した。
 彼の方に手を伸ばすと、彼がしっかりと手をつかんで引き起こしてくれた。
 頭がぼんやりしていて、すべてがはっきりしない。ここはどこで自分は誰なのかまったく思い出せない。
「じっとしていて」
 彼は体にまとわりついている電線を全部引き剥がしてくれる。
 自分のからだを見ると真っ白なワンピースのような物を来ている。そして胸の所がふくらんでいるのでどうやら自分は女らしいとわかった。
 さらにからだを起こすと髪の毛が目の前にたれてきた、金髪の髪の毛だ。その毛を撫でてみたが肩まであった。
「下りてごらん」
 彼が声をかけてくれる。
 かなり高めの台の上に乗っていて足を下ろしたが下まで届かない。
「ほら」
 彼が体を抱えてくれて下までおりたがバランスを崩してよろめいた。
「大丈夫?」
 彼が支えてくれる。
「ええ」
 そう答えたが、自分の声は綺麗な女性の声だった。
 すぐにバランスの感覚を取り戻し普通に立てるようになった。周囲を見回してみたが、そこには同じような機械がたくさん並んでいて、それぞれの機械の下に台があり、たくさんの女性が電線につながれて横になっている。
「ここは?」
「ここは、アンドロイド製造工場。君は今、出来たばかりなんだ」
「アンドロイド?」
 彼はやさしく教えてくれるが何のことかわからない。
「心配しなくていい、出来たばかりの時はみんなそうなんだ。基本的な知識はすでにインプットしてあるが、経験は何もないからな」
 この説明は、彼女のぼんやりとした頭にもかなり衝撃的だった。
「私は…… アンドロイドなんですか?」
「そうだよ、でも、驚かなくていい、みんなそうさ、俺もアンドロイドだ」
 彼は急に明るい顔になると力強く手を差し出した。彼女は意味が分からず弱々しくその手を握ると、彼は彼女の手をグッと握ってくれた。
「誕生、おめでとう」
 そして彼は握った手を力強く振る。どこか勇気づけられて思わず笑みがこぼれた。
「俺はボブ。ここでアンドロイドの完成工程を担当している。君はセリー、224型の女性型アンドロイドだ」
「224型?」
「ごくごく一般的なアンドロイドだよ。人間の身近に仕えて家事などをするアンドロイドだ」
「人間に仕える?」
 どこか嫌な響きだった。アンドロイドって何なのだろう。
「仕方ないさ、俺たちは人間が作った機械なんだ。人間に所有されて人間の命令で人間のための仕事をする。それがアンドロイドさ」
 『機械』『人間に所有される』、この言葉はかなりショックだった。私は奴隷なのか。
「最初はみんなショックに感じるがすぐ慣れる。それに、アンドロイドの方がいいこともたくさんあるから、そのうちアンドロイドに生まれて良かったと思うようになるよ」
 ボブはにっこり笑ってくれる。セリーはそんなボブを見たが、彼女のショックを和らげてくれようとしているだけに思えた。
「じゃあ、こっちにお出で、完成検査をするからね」
 ボブに連れられて少し離れた所にある部屋の中に入った。机がたくさん並んでいて、白いワンピースの女性と作業服の男が何組か座っているのが見えた。
「さあ、すわって」
 ボブはその中の一つの机の前にすわる。セリーはみんながしているようにボブの前にすわった。
「さてと、では完成検査だ。ちゃんと出来ているか確認しないといけないからね」
 ボブはコードを何本かセリーのからだに繋ぐと机の上にあるモニターを見ている。
「アンドロイドには感情があるんだよ」
 ボブがモニターを見ながら話し始めた。
「アンドロイドは感情を持っていて感情に動機付けされて自律的に動くことができる。ロボットは命令されないと動かないが、アンドロイドは命令されなくても自分で行動を起こすことができる。この動機付けが感情と言われるやつなんだ。ロボットは見かけは我々と同じだが感情を持っていない。だから命令された範囲内で行動するが、なにか想定外の事が起きても自分から行動を起こすことはない。しかし、アンドロイドは感情を持っているから人間に命令されていなくても自分で行動を起こす事ができる。トラブルが起きたとき感情がその結果を嫌だと感じたら、より嫌じゃない方へ行動しようとする。だからアンドロイドは自律的に行動できるんだ」
 驚きの説明だった。自分たちは人間みたいに感情を持っている。
「アンドロイドの感情は人間の感情とほとんど同じに造られている、そうする事で人間の気持ちがわかるようになるからね、ただし、アンドロイドには人間の命令には絶対服従するという特別な感情がある。しかもこの感情を特別強く感じるように作られている。この感情があるから人間の命令にはまず逆らえない」
 絶対服従なんて、ちょっと屈辱的だった。でも、人間が作った機械なんだから仕方がない。
 からだの検査が終わるとケーブルが外された。ボブは検査を終えるとその結果を丁寧に検査票に書き込んでいる。
「次はいくつか質問するから、本当に自分が感じる通りに答えて」
 ボブは次の検査の説明してくれた。先ほど説明した感情が正しく機能しているかを調べる検査らしい。
「では、最初の質問。仕事をするのはいやかね?」
 質問が始まった。仕事は嫌じゃないが出来れば遊んでいたい。
「いやじゃないですが、一日中仕事ってのはちょっと……」
 本心を答えた。彼はにっこり笑うと次の質問へ進んでいった。
 こうやって百件くらいの質問があった。ただ、人間にひどい事を命令された時に実行できるかのとの質問には困った。
「崖から飛び降りて死ねと命じられた。さあ、死ねるかね?」
 こんな質問がたくさんあった、返事に困ってしまう。人間の命令には絶対服従ならば死ななければならないのだろうが死ねそうにない。
 首を傾げていると。
「迷ってるんだね?」
 だまって頷くしかなかった。
 そして質問は全部終わったが、彼は黙ってじっと考えている。
「どうですか?」
 検査の結果を知りたかった。が、彼は憂鬱な顔で黙っている。
 やがて検査票を脇に置くと彼は腕を組んだ。
「君は絶対服従の感情がまったく機能していない。どこかインストールがうまくいかなかったんだろう」
 そうかもしれない、まったく人間の命令に服従しようだなんて感じない。
「それだと、どうなるんですか?」
 彼はさらに深く腕組みをした。
「通常、アンドロイドは感情があるから一旦動き出したらスイッチを切ることはしない。アンドロイドのスイッチを切る事は殺すことと同じだからね。ただ……」
「ただ?」
 セリーは息を飲んで次の言葉を待った。
「ただ、人間にとって危険なアンドロイドはスイッチは切らないといけない。人間の命令に絶対服従しないアンドロイドは人間に危害を加える恐れがあるからスイッチを切る事になる」
 ショックだった。殺される!! 殺されるのだ。気持ちがうわずって目が宙をさまよった。今この場で殺される。スイッチを切られてしまう。逃げよう、ともかくどこかに逃げなくては。
 しかし、急に体がガクンと椅子に落ち込んでしまった。体をまったく動かすことができない。彼がスイッチを切ったらしい。
「いやです…」
 かすれた声だった。死ぬのは絶対にいやだった。
「いやです。お願い、助けて……」
 目がかすんできて、どんどん視界が暗くなっていく。
「お願い……」
 声が出ているのかもわからなかった。
 わずか20分の生涯だった。このまま意識がなくなって、もう二度と目覚める事はない。





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