短篇集

生 け 贄 伝 説 ( 短篇 )
輿に女の子を載せた隊列が進んでいた、女の子は魔物への生け贄なのだ。
沼地のほとりに古びた社がある、隊列はそこで輿を降ろすと、人々はクモの子を散らすように逃げ帰ってしまった、後には輿に乗ったままの女の子だけになった。
夕暮れ時、あたりは生け贄などの儀式とは対象的に静かで穏やかだった。
女の子は10才、彼女には親がいなかったので みんなからいじめられていた、巫女が疫病退散には生け贄が必要だと言った時、当然のように彼女が生け贄に選ばれた。
女の子は輿に乗ったままじっと座っていた、そこへ旅の武者が通りかかった。輿に乗った女の子を見つけると不信に思ってやってきた。
「こんなところで何をしているのかな?」
女の子は困った顔をした。
旅の武者はさらに聞いた。
「これは生け贄か何かなのかな?」
女の子は黙ってうなづいた。
「なるほど、生け贄とは野蛮な習慣だ、これから魔物か何かが現れるのかな?」
女の子はまたうなづいた。
「魔物が恐くないの?」
「恐いです」
女の子は小さな声で答えた。
「では、なぜ逃げない?」
女の子は顔を上げた、逃げたあと村の皆からされる仕打ちを考えると逃げる方がもっと恐いのだ。
「逃げるのはもっと恐い」
女の子はかろうじて答えた。
旅の武者は女の子のみすぼらしい姿を見て事情を察した。
「ここは逃げたほうがいいぞ、なに、皆にいじめられるだろうが、それはいつものことじゃないか」
「逃げたらきっと殺されます」
武者は答えに困った。
「なるほど、確かに魔物より恐いな」
武者はそこへ腰を下ろした。
「さて、どうしたものかな・・・」
この子を助けるといっても、自分一人でも食うのがやっとなのにこんな子を連れて旅などできない、といってここへこのまま置いておけばどうなるか、魔物に食われてしまうのか、いや魔物などいるのだろうか。
「その、魔物とかいうやつはどんなやつだ、誰か見たものがおるのか?」
武者は聞いた。
「武者の姿をしていて、ものすごい顔をしているそうです」
女の子は答えた
「武者?、わしみたいな」
女の子はびくっとして武者の顔を見た。
「いやいや、わしは魔物ではない、恐い顔はしておらんだろうが」
武者は話を続けた。
「で、そいつはどんな悪さをするんだ」
「村に病がはやっていて、何人も死にました」
「なるほど病か、気の毒にな。しかし、それは魔物のせいではない、病はしかたのないものだ」
ふいに武者は懐へ手を入れた。
「そうだ、握り飯がある」
懐から弁当を取り出した。
「腹が減っているのではないか?」
女の子は握り飯に飛びついた。早く食べないと誰かに取られるように食べる。
「そうか、腹が減ってるのか」
その握り飯は武者の晩飯だった。
「なあ、なぜお前が生け贄に?」
「巫女さまのお言葉です」
「巫女かあ、いいかげんなやつらだ・・・」
武者は聞くのをためらって、ちょっと黙っていたが、やがて口を開いた。
「で、お前の親は生け贄を承知したのか?」
「親はいません、おじさんの家にいます」
武者はため息をついた。
「なるほどなあ・・・」
武者はこの子を連れて行くことにした、どこかで子供のいない善良な夫婦にでも引き取ってもらえばいい。
「お前、わしとこないか?」
「あなた様と?」
「そうじゃ、ここにいても魔物に食われてしまうだけじゃ。いや、山犬だって恐ろしい、こんな所に一人でいたら山犬に食べられてしまうぞ」
「でも、逃げたら、魔物が怒って村をひどい目にあわせます。」
「かまわんじゃろう、いい気味ではないか?」
女の子は意味がわかったのかにっこり笑った。
「よし、行くぞ」
武者は女の子を連れて立ち上がった、社の入り口まで来たところで、不意に「かさっ」と近くの草むらから音がした。
「だれだ!」
武者がどなった。
2人の男が草むらから飛び出した、村人が様子を見ていたのだ。
旅の武者は、ものすごい形相で村人を睨み付けた。
「あと二人生け贄がいたのか、うまそうじゃな」
その声は地響きのようなものすごい大声だった、村人は悲鳴をあげて転がるように逃げていった。
旅の武者はにっこりと女の子を見た。
「これで、お前は武者の姿をした魔物に食われたことになった」
「なるほど」
女の子もにっこり笑った。

それから400年、この村には生け贄になった女の子の伝説が今でも残っている。





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