独裁者の姫君


 艦隊はミラルスの占領を終えて、セダイヤワに帰ってきた。
 メレッサは自分の宮殿に戻ってくると、母が出迎えてくれた。
「お母さん、ただいま」
 メレッサは母に抱きついた。
「お帰り、戦争の話は聞いたわ。あなたが敵をやつけたんですって」
 母はメレッサを抱きしめてくれた。
「なぜ、ミネーラの事、話してくれなかったの?」
 メレッサはすぐにミネーラの事を切り出した。なぜ教えてくれなかったのかと腹がたっていた。
「聞いちゃったのね。でも、知っていてもしょうがないと思ったの」
「知らないのは私一人だったのよ、本人なのに、みんなの前で大恥かいちゃった」
「そう、それは悪かったわね。でも、もう遠い昔のことよ」
 母はどこか辛そうにしている。
「ミネーラの事、教えて!」
 母から正確な事を聞きたかった。しかし、母は下を向いて眉をしかめている。
「そうねえ、ミネーラはね……」
 母にとって、ミネーラの事を思い出すのは非常につらいことらしい。そうかもしれない、家族全員殺され、生き残ったのは母だけで、その母も奴隷のように略奪された。だから、母はミネーラの話をすることができなかったのだ。
「ミネーラは小さな王国だったの……」
 母は話し始めたが、辛そうにしている。メレッサは母への怒りは消えてしまった。もう、無理に母から話を聞くことはない。それより、いい話を先にした方がいいかもしれない。
「そうだ、お母さん、これ見て」
 メレッサは父からもらった書類を見せた。
「父がミネーラの再興を認めるって」
 母は驚いてしばらく書類に手を出さなかった、おずおずと書類を受け取ると食い入るように読んでいる。
「お母さん、よかったね」
 母は顔を上げた、涙が浮かんでいる。
「ミネーラは過去の事だと思っていたわ」
「私はミネーラの女王だって」
「あなたが女王」
 母は涙を浮かべながら笑った。
「お母さんが女王になりたかった?」
 母は首を振った。
「わかってる、あなたが女王だから皇帝が許したのよ」
「いつか、ミネーラに行ってみる?」
「そうねえ、家族のお墓がどうなっているか、見てみたい……」
 母はたまらずに泣き出した。
 ミネーラには私のおじいちゃんやおばあちゃんのお墓があるのだ、どんな人だったんだろう。

 メレッサの部屋に戻ってきた。やっと落ち着くことができる。
 母と一緒に長椅子に座った。
「父さんと結婚するの?」
 それとなく聞いてみた。母はビックリしている。
「皇帝から聞いたの?」
 メレッサはうなずいた。
「結婚はしないわ」
 母は向こうを向いたままつぶやく。
「側室の問題?」
「皇帝がそう言ったの?」
 メレッサはもう一度うなずいた。
「関係ないわ。結婚したくないだけ」
「でも、正式な結婚はお母さんの要求じゃなかったの?」
 母はわらった。
「あの時の話ね。あれは皇帝に欲しいものはないかと聞かれたので、皇帝が困る事を出まかせに言っただけ。本当に欲しいものは一つしかないわ」
「何が欲しいの?」
 欲しいものによっては父を説得できるかもしれないと思った。
 でも、母は首をふった。
「秘密よ」
 そのゾクッとする冷たい響きに、メレッサは直感した。母が欲しいものは父の命だと。まだ父を怨んでいる、家族を殺された事が忘れられないのだ。
 メレッサが固くなっていると、それを察したのか。
「あの日。みんな刑場の柱に縛り付けられて、順番に撃たれていったわ。私は別の場所に縛られてそれを見ていたの」
 母は鬼のような顔をして冷たくメレッサを見つめる。
「全部、あなたのお父さんが殺った事なのよ!!」
 メレッサは自分が憎い男の子供だという事を始めて自覚した。涙がぽろぽろ出てきて止まらない。
 突然、母が抱きしめてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。あたし、なんて事を」
 母は泣きながらメレッサを強く抱きしめてくれる、「ごめんなさい」を何度も何度も繰り替えして。
 メレッサも母に抱きついた。
 侍女が気を使って部屋から出ていった。
 広い部屋に二人で抱き合って泣いていた。
 やがて、少し落ち着いてきて、母はメレッサを離した。
「もう忘れたと思っていたのに…… まだ怨んでいたのね」
 母はゆっくり話し始めた。
「でも、私は被害者じゃない。私は知らないけれど、父は国民に同じ事をしていたはずよ。だって刑場があるんだもの」
 メレッサの髪をなで上げてくれる。
「今の暮らしだって、いつひっくり返るか分からない。この豪華な暮らしの代償をいつか払わなければならない時がくるかもしれない…… 私の家族はそれを払っただけなの」
 母は深呼吸をすると、両手を伸ばして手を強く握り締めた。
「もう、完全に忘れたわ。出直しよ」
 母は明るくメレッサの顔を見る。
「顔を洗いましょ、あなた、ひどい顔よ」
 メレッサはやっと笑った。母の顔もひどい顔だった。

 顔を洗って窓から外を見ていた。幼い日に見た景色だ。母が化粧を直してからやってきて、外をみているメレッサの肩に後ろからそっと手をおいた。
「私に結婚して欲しいの?」
 とんでもない、母が嫌な結婚を無理強いするつもりなどない。
「嫌いな人と結婚なんてしないで」
「そうでもないのよ」
 母はのんきそうに言う。うそだと思った。さっきの話が母の本心だ。
「私のために、これ以上嫌な事をしないで。今でも充分に嫌な事をしてるんだから」
「平気よ、嫌じゃないわ…… ここをもらった時に覚悟は決めたはずなんだけどね。ウジウジと引きずっていたから、ひどい目にあっちゃった」
 ここから逃げ出して、ルビルで貧しい生活をしていた事を言っているらしい。
「今も、そうなのかも、人が見たらうらやむような幸運をあっさり捨てようとしてるのかもしれない」
「そんな理由で結婚しちゃだめよ」
 メレッサはそう言ったが、母はじっとメレッサを見ていた。
「わかってる、好きじゃないと結婚はできないわ」

 侍女がいないのでテーブルの上のお茶が冷えていて、二人で冷えたお茶を飲んだ。冷えたお茶はルビルを思い出させる。メレッサにとってはルビルは楽しい思いでだった。


 それから10日ほどたった。父が車椅子で動けるようになったので、戦勝会が催された。ここで世継ぎとミネーラの事を発表する事になっていた。
 控え室に母と待機していると、係の人が呼びにきた。
 会場は、正面の両脇に兄弟とその母親達が座り、4列のテーブルが縦に伸びていてそこに大勢の家臣が座っていた。
 兄弟達は全員すでに座っていた。いつもの席に座ろうと思ったが、そこにはすでにミリーが座っていた。
 係の人に案内されて、母は父の横の席にすわった。その席は父と対等の位になっている。
 さらに、その横に、メレッサのために父と同格の席が準備されていた。父と同格なんておかしい。
「今日はミネーラ女王としての参加になります」
 係の人が説明してくれる。
 一つの独立国の君主ならば、立場は父と同格になる。
 メレッサがその席に座ると、会場からどよめきが起きた。

 父が車椅子で会場に入ってきて、母の横に座った。母はうれしそうに父をみている。
 式典が始まった。
 父が戦の勝利について話しはじめた。武功があったものを褒め称え犠牲者を追悼している。
 次に世継ぎの話しになった。
「世継ぎはメレッサとする」
 父は宣言し、メレッサの方へ手を広げた。メレッサは立ち上がり頭を下げた。
 会場から拍手がおきた。
 メレッサは兄弟達を見た、ジョルやルシールも拍手してくれている。納得してくれたのだろうか。フォランはしぶしぶ拍手しているように見えた。
「次に、メレッサのもう一つの血筋であるミネーラ王家の復活を認める。領土も元のままだ。今日よりメレッサがミネーラの女王となる。帝国とミネーラとは同盟関係となる」
 同盟関係? 私はまだ帝国と同盟など結んでいないのだが……。
 メレッサが不審に思っていると、父はメレッサの方を見た。
「よろしいですね、ミネーラ女王」
「もちろんです」
 メレッサは答えた。
 会場からは先ほどの何倍もの拍手がおきた。メレッサは拍手の中を席に座った。
「さらに」と父は続けた「私は、妻を迎えることにした」
 会場から大きなどよめきがおきた。
「数々の要求を突きつけられたが。今回それをすべてクリアして結婚できることになった」
 父は母の要求を本気にしている、じゃあ側室も退けることにしたのか。
 父は、母との結婚の話を珍しく雄弁に話していた。
 母はそれでよかったのだろうか。
 父の紹介が終わり、母が立ち上がって頭を下げた。ものすごい拍手がおきた。

 式典は終わり、食事が始まった。
 メレッサは椅子を滑らして母の横に行った。母も顔を寄せてくれる。
「それでよかったの?」
 メレッサは心配したが、母は平気な顔をしている。
「望まれる結婚が一番幸せかなと思ったの」
 母はうれしそうだった。




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