独裁者の姫君

ルシール
 次の日。艦隊はミラルスの周回軌道に浮かんでいた。ミラルスを占領するためだ。

 ルシールがメレッサの宇宙船にやってきた。メレッサはルシールを出迎えたが憂鬱だった。本当にミラルス王を殺すつもりだろうか。
「ねえ、スケートリンク、見てみる」
 話をそらそうと思ったが、ルシールは後ろにいた家臣に振り向きもせず左手を差し出した。家臣が彼女の手に細長い物を渡すと、ルシールはそれをスラリと引き抜いた。それは日本刀だった。
「これで、斬り殺すんの、いいわね」
 平然と刀を持ったルシールの顔は狂気に見えた。
 ルシールは刀を鞘に収めるとメレッサに突き出す。
「持って」
 ルシールとは兄弟の中で一番仲がよかったのだが、今日のルシールは近寄りがたい。メレッサは両手で刀を受け取った。
「ミラルス王はどこ?」
 ルシールは厳しい態度で聞くので連れていかないわけにいかなかった。ルシールの家臣と3人でミラルス王を監禁している部屋に向かった。
 部屋の前に着くと部屋の前に立っていた見張りの衛兵が扉を開けてくれた。ミラルス王は机に座って書き物をしていたが、二人を見てゆっくりと立ち上がった。
「ミラルスです」
 ミラルス王はルシールに挨拶をした。ルシールとはまだ会ったことがないからだ。
「ルシールです」
 ルシールは懍として答えた。
「あなたがルシール姫。お会いできて光栄です」
 ミラルス王は楽しそうにしている。
「あなたには一度お会いして話がしたいと思っていました。今日はお話ができるのですか?」
「いえ」
 ルシールは厳しい顔をしている。
「今日は、あなたを処刑に来ました」
 ミラルス王はちょっと驚いたように、二人の顔を見た。
「そうですか…… お二人で処刑の立会いですか。でも処刑する所は見ない方がいい」
「いえ」
 ルシールがミラルス王の言葉を厳しい口調で遮った。
「メレッサがあなたの首を切り落とします」
 ミラルス王はビックリしてメレッサを見た。
「あなたが… 艦隊を指揮したかと思えば処刑もご自分でやられるんですか? たいしたお方だ」
「いえ、そういうわけじゃ……」
 メレッサは何と言っていいかわからなかった。処刑なんて自分にできるわけがない。
 それから、ミラルス王はメレッサが持っている刀に目をやった。
「日本刀ですね。では、今から処刑ですか?」
「いえ……」
 メレッサはそう言いかかったが。
「そうです!!」
 ルシールが厳しくメレッサを止めた。
 ミラルス王はまじまじとルシールを見ている。
「わかりました。覚悟はできています。場所はどこでやるんですか?」
 ミラルス王はルシールが主導権を持っているとみたのか、ルシールに聞く。
「ここでやります」
 ルシールもかなり緊張して答えた。
 ミラルス王は深呼吸をした。
「で、やるのは、メレッサ姫……ですか?」
 やはりルシールに聞く。
「そうです。メレッサがやります」

 ミラルス王は机の所に行くと、椅子を持ってきた。そして、二人の前に椅子を置くと二人を背にして座った。
「さあ、ひと思いにやって下さい」
 ミラルス王は落ち着き払っている。二人を背にして椅子に座っているので後ろから首を切りつけやすい姿勢になっている。
 ルシールはメレッサを睨むように見た。刀を抜けと言っているのだ。しかし、メレッサは刀を抜くなんてできなかった。
 おどおどしてルシールを見ていたら、ルシールが刀を奪い取った。すらりと剣を抜くと、切っ先を真上向けてメレッサに突き出した。持てと言っている。
 メレッサは仕方なく刀を受け取った。日本刀が鈍く光っている。
 しかしメレッサは困ってしまった。殺すなんて絶対に無理だ。剣を握り締めたまま呆然と立っていた。
「早く殺りなさい!!」
 ルシールがきつい声で言う。
「無理です」
 メレッサは泣きそうになっていた。ルシールがこんなに厳しい人だとは思わなかった。
「殺りなさい!!」
 ルシールが怒鳴る。
 メレッサは剣を握り締めた。しかし、殺るにしても剣では無理に思えた。ひと思いに殺らなければ死ぬまでに長い時間苦しむことになる。
「剣でなんて無理よ。返り血とか浴びるよ。返り血が髪にかかったら後が大変よ……」
 メレッサは何とか言い訳をこねくりだした。
 そう言われて、ルシールは目を寄せて、自分の目の前にたれている自分の前髪を見ている。自分の髪に血がかかる所を想像しているらしい。
「剣はやめよう。ヘブン、銃をちょうだい」
 ルシールはあっさり方針を変更した。彼女が家臣のヘブンに手を差し出すと、ヘブンは自分の銃をルシールに渡した。それをルシールはメレッサに握らせた。
「じゃあ、銃よ。いい」
 それを聞いていたミラルス王は立ち上がると、椅子の向きを変えて正面向きにすわりなおした。
「銃なら正面から撃って下さい」
 彼はこれから殺されるというのに落ち着き払っている。むしろ、さっさと殺さない事にいらついているようにさえ見えた。
 メレッサはまじまじと銃を見つめた。銃を手にするのは始めてだった。それをミラルス王の方に向けたが、引き金を引く勇気なんてあるわけがなかった。なんとか、この窮地を抜け出さなくてはならない。
「なにやってるの、撃ちなさい!!」
 ルシールが横で怒鳴る。
 正直、ルシールがこんなに残酷な人だとは思わなかった。彼女は人を殺す事を何と思っているのだろう。
「無理、出来ない」
 メレッサは銃を降ろした。
「いくじなし!! さあ銃を上げて」
 ルシールはきびいし。
「姉さんはできるの?」
 試しに聞いてみた、ルシールは平然と人を殺す事が出来るのだろうか。
「できないと思っているの?」
 彼女は激しくメレッサを睨み付ける。
「かして」
 ルシールはメレッサから銃を取り上げ、それをミラルス王に向けた。
 あっと言う間だったので簡単に銃をルシールに渡してしまった。撃つっと思って目をつぶった。
 しかし、ルシールは銃を向けたまま撃たない。やがて銃を降ろすと深呼吸をした。そしてキッとなってメレッサを見た。
「どこを撃とうか、考えていただけよ」
 もう一度銃をミラルス王に向けた。しかし、なかなか撃たない。ルシールの額に汗がにじんでいる。やはりルシールにも撃てないのだ。メレッサは心のどこかでホットしていた。
「あたし、自分で殺したことはないの」
 ルシールは一旦銃を降ろすと、もう一度狙い直した。しかし、撃てない。

「ルシール姫」
 突然、銃で狙いを付けられているのにミラルス王が話し始めた。
「今度の戦いで、あなたは私の船と直接戦ったのにお気づきでしたか?」
「いえ」
 不意を付かれて、ルシールは真面目に答えた。
「我々の大群の中に突入してきて、無謀とも言える勇敢な戦い方でした…… 皇帝があなたを軽く見ているのが理解できない」
「私をおだてれば、私が見逃すと思ったら大間違いよ」
 ルシールはキットなって銃をミラルス王に向けた。
「命乞いなんかしませんよ。ただ、あなたは、もっと自分に自信を持っていい。皇帝の8人の子供の中で、あなたが一番、物事を冷静に見る目を持っている。そして、今回の戦い方は誰にでもできる事じゃない」
「言いたいことは、それだけ?」
 ルシールは冷たく言うと、銃を握り直した。そして狙いを付けている。でも、もうルシールからは人を殺す気迫が伝わってこなかった。
 ルシールが、父から不当に冷たく扱われているのはメレッサも気がついていた。ルシールはさぞ悔しいだろうと思うとルシールが父に反抗的なのもうなずけた。

「姉さん、撃たなくていいよ」
 メレッサは銃にそっと手をかけた。
「そうね、父さんの言う通りにすることもないわね」
 ルシールはしずかに銃を下ろした。そして、少し考えていたが。
「馬鹿げてる!」
 ルシールはいきなり銃を後ろへ、ほおり投げた。
「もう、こんな事やめよう」
 ルシールの顔にいつもの表情が戻ってきた。人をバカにした様なあの自信たっぷりの表情だ。父に認めてもらおうとして無理をしていたのだ。
「ねえ、スケートリンク見にいかない。すごく小さなリンクがあるのよ」
「あの艦長、スケートリンクは無理だって言ったのよ」
「じゃあ艦長を殺す?」
「そうするか」
 ルシールはミラルス王など、そこにいないかのように話し始めた。ルシールは父に見栄をはるような人じゃない。自分でもそれを思い出したのだ。父に気に入られようなどと絶対にしないのがルシールなのだ。

 部屋を出る時、メレッサはちょっと振り向いてミラルス王に手でお詫びをした。殺されると思って緊張していただろうに。

 ルシールとメレッサは思いっきりスケートを楽しんだ。メレッサのスケートリンクがずいぶん小さいのにルシールは満足したみたいだった。



 次の日、メレッサは父の所に行った。
 病室には一人で入った。父は辛そうにしていたが、メレッサが来ると頭をこちらに向けた。
「大丈夫ですか、何かして欲しいことは?」
「ルシールがしてくれてる」
 よかった、ルシール姉さんはやさしいところがあるんだ。
「埋め合わせ券をもう一枚使いたいんですが」
 父は少し笑った。
「殺せないか」
「はい」
 父は静かにメレッサを眺めている。
「お前の好きにしろ。お前の捕虜だ」
 父もメレッサの事を分かってくれている。
「ルシール姉さんにずいぶんと怒られたんですが、どうしても出来ませんでした」
「そうか」
 父は怒る気力もないようだった。かなりきつそうだ。
 父は机の方に手を伸ばす。机の上を見ろと言っているようだ。
 机の上には書類が2枚あった。
「ミネーラの再興を認める書類だ、署名してある。それと、お前を世継ぎにするとした書類だ」
 ビックリである。なぜ、こんな書類を。
「このまま俺がくたばるとまずいと思ってな、さっき作らせた」
 ミネーラの再興は母が喜ぶだろう、でも、世継ぎは問題だ。
「お父さん、気持ちはありがたいのですが、私では兄弟を押さえきれません。世継ぎはジョル兄さんがいいと思います」
「問題はルシールとフォランだろ、逆らったら殺せ」
 父は驚く事を言う。
 まさか、兄弟を殺すなんて。しかも、父にとってはかわいい我が子なのに。
「俺も兄を殺した…… 仕方のない事だ」
「私は、絶対に兄弟を殺したりしません」
 兄弟を殺すくらいなら、帝国が崩壊した方がいい。
「その時がきたらわかる。決断しろ。その時に俺に遠慮する必要はない」
「いやです、だから、ジョル兄さんがいいと思います」
「ジョルでは無理だ。お前の気の強さが必要なんだ」
「でも、私はバカです」
 父はメレッサを見つめた。
「もっと自分を信用しろ。バカでは戦に勝てるはずがないがお前は2回も勝っている」
 父は横を向いた。壁をみている。
「ミネーラの再興の方はルニーの要求だ。あいつ、要求を突きつけやがってな……」
 父は独り言のようにつぶやいた。
 メレッサは母が父に突きつけたという要求を思い出した。まさか、あの要求を父が受け入れたので、こうなったのか。
「これは、母が私を世継ぎにと要求しているからですか?」
 もし、そうなら、とんでもない間違いだ。母はひどい悪女だ。
 父はこちらを見た。
「お前を世継ぎにするのは俺の意志だ、ルニーの要求とは関係ない」
 父はメレッサを見つめる。
 母は思っていたより悪い女なのかもしれない、自分の子を世継ぎに要求するのはいい事とは思えない。でも、そんな女に騙される父ではないと思った。
 それに、もう一つ気になった。確か、母の要求には正式な結婚があったはずだが……
「正式な結婚の要求はどうなったんですか?」
 思わず聞いてしまった。
 父は少し照れくさそうに笑った。
「もう、申し込んである」
 なんと、父と母が結婚する。
「母が拒んでいるんですか?」
「そうだ、側室を退けろと言って聞かない」
 なんと愚かな、もう側室くらいいいじゃないか、それに側室だって可哀想だ。
「私が説得します」
 絶対に母を父にくっつける。二人が結婚したらどんな家庭ができるだろう。
 しかし、父は手を振った。
「やめとけ、こじれるだけだ」
「絶対に説得してみせます」
 メレッサは急に元気が湧いてきた。
「やめとけ。それより、ミネーラはお前が女王になることが条件だ。ルニーではいかん。お前が女王なら帝国の領地と同じことだ」
 なるほど、私は両方の血を受け継いでいるから、私が女王になればミネーラが帝国領でもミネーラ領でも同じことになる。
「世継ぎは俺が元気になったら正式に発表する」
 父はきつそうに目をつぶった。眠ったのか、じっと動かない。
 手に持った世継ぎの書類を見つめたが、もはや、引き受けるしかなかった。
「ありがとうございます、お父さん。期待に応えられるようにがんばります」
 メレッサは小さな声で言った。






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