独裁者の姫君

改革
 歓迎の宴の後、メレッサは自分の部屋で鏡を見ていた。かなり自信をなくしていた。
 確かにこの顔にはお姫様らしい雰囲気はない、下女といった顔だ。自分ではそこそこかわいいと思っていたのだが、あそこまでブスと言われると落ち込んでしまう。もっと母に似たらよかったのに。
 コリンスがやって来た。
「姫君、税金の試算ができましたので、お持ちしました」
 コリンスは端末シートを差し出した。
 彼は私の事をどう思っているんだろう。
「コリンス、私ってブスだと思う?」
 コリンスは笑った。
「いえ、お美しいと思います」
 こんな聞き方をすれば、そうとしか答えないだろう。
「お母さんと、比べると、どう思う」
 コリンスは言い方を考えているのか、ちょっと間を置いた。
「ルニーさまとは、違った美しさをお持ちです」
 つまり、母より劣るという事だ。メレッサはため息をついて鏡をみた。
「何か、あったのですか?」
 コリンスは聞いたが、メレッサはぶすっとして黙っていた。
「私は、姫君のお顔は好きです。愛嬌があってかわいいと思いますよ」
 コリンスはやさしく言ってくれる。コリンスの言葉は救いだった。でも、どこか素直になれない。
「かわいくないわよ」
 向こうを向いたまま、乱暴に言った。
「お母様の高貴な魅力に憧れていらしゃるのですね。でも、姫君にはお父様ゆずりの力強さがあります。それと、お母様ゆずりの整った顔。だから、ご自分の魅力にもっと自信を持たれていいと思いますよ。私はルニーさまより美しいと思います」
 メレッサはうれしかった。コリンスの言葉を聞いていると自信が湧いてくる。それでもまだ不満がたまっていた。
「本当の事を言って欲しいの」
 言葉とは逆に、嘘でもかわいいと言って欲しかった。
「本当です。メレッサ姫は本当に美しいと思います。私は姫君が好きです」
 コリンスの言葉は琴の音のように心に響く。コリンスに好きだと言われて思わず笑みがこぼれてしまった。コリンスが美しいと言ってくれるなら、それだけでいいように感じた。

 それに、こんな弱みをコリンスに見せるわけにいかない。メレッサは気を取り直すと、何事もなかったかのようにシートをコリンスの手から取り上げた。
「さあ、減税できそう?」
 母も含めて3人で税金の検討が始まった。
「姫君が受け取ってある税金は全額姫君のお小遣いになっています」
 コリンスの説明によると、兄弟がもらった星からの税収はどこにも使われていないとのことだった。そこで、軍隊や使用人の費用を応分負担すると、税金は今の10分の1に出来るらしい。
「ただし、これは姫君が贅沢をしないと考えた場合の計算です」
 コリンスは最後に付け加えた。
「もちろん、贅沢なんかしないわ。じゃあ税金を10分の1にしましょう」
 賄賂の問題は厄介だった。帝国の法律では、賄賂を受け取った役人は死刑なのだが、総督が警察も兼ねているので、泥棒と警察が同じ人状態になっていた。
「姫君直属の特別警察を作るのがいいと思います」
 コリンスが説明する。
 メレッサ直属の警察であれば賄賂を強力に捜査できる。どこかFBIみたいで楽しそうだった。
 最後はハロルドの問題だった。メレッサは彼と約束したから彼を助けたかった。
「あなたの好みで1人だけ特別扱いにするのはよくないわ」
 母が釘をさす。でも、約束を破りたくない。
 結局、恩赦をすることになった。メレッサの領主就任を祝って反政府活動で捕まった人に恩赦を出すのだ。その中でハロルドも恩赦にする。
 この恩赦はゲリラ活動を押える効果もありそうだった。メレッサの人気が高いのでゲリラはこれで終息するかもしれない。


 デニル総督にメレッサの新しい統治方針について説明していた。
 話が進むに連れてデニルは落ち着きがなくなってきた。額に汗をかいている。
「今週末にも、姫君の国民に向けたテレビ放送を予定しています。それと、特別警察への志願者の受付はすぐに開始してください」
 コリンスが話すと。
「少し、急ぎすぎではありませんか。準備にもう少し時間をください」
 明らかに、メレッサの新しい方針を嫌がっているようだ。
「デニル総督、意見があるなら、おしゃってください。どこか問題でもありますか」
 メレッサは丁寧に尋ねた。
「いえ、大変ご立派な統治方針だと思っております」
 どこか、煮えきらない返事をする。
「遠慮はいりません。言いにくい事でも、どうぞおっしゃてください」
「いえ、問題など、めっそうもございません」
 デニルは小心な男のようで、メレッサの方針に逆らうつもりはないようだ。
 コリンスが国民に向けた発表の手順などをデニルに説明している。デニルは何か言いたそうなのだが、おとなしく指示を聞いていた。
「デニル総督。言いにくい事があるんですね。何です、おっしゃってください」
 メレッサがたまりかねて聞いた。もし、この方針に現地の人でないとわからない問題があるならぜひ教えてもらわなければならない。
 デニルはしばらく考えていたが、泣きそうな顔をして話し始めた。
「恩赦ですが、恩赦の範囲を広げていただけないでしょうか?」
「恩赦?」
 何が言いたいのかわからない。
「例えば、姫君の発表後2日以内に自首した者は恩赦にするとか……」
「それは無理ですね」
 恩赦が必要なのは反政府活動をした人達を助けるためで普通の犯罪者まで恩赦にするつもりはなかった。
 それを聞いてデニルは泣きそうだ。
「メレッサ姫は心やさしい方だと伺っております。どうかどうかお願いします」
 彼の様子は明らかに変だ。
「何が言いたいんですか、はっきり言ってください」
 デニルは椅子からすべり降りると、メレッサの前にひざまづいた。
「私だけではありません。前任者も、そのまた前任者もそうだったのです。悪い事だとはわかっておりました。でも、みんなやっている事なのです。慈悲深いメレッサ姫、どうか寛大なご処置をお願いします」
 デニルは手を合わせて命乞いをしている。
 意味がわかった。彼は総督の地位を利用して蓄財をしていたのだ。帝国の法律では賄賂は死刑だ。
 しかし、いままでまったく摘発しないでおいて、急に捕まえて死刑では可哀想だ。これは下級の役人まで同じことだろう。
「わかりました。その恩赦も追加しましょう。ただし、蓄財した財産は返還してください」
「ありがとうございます、メレッサ姫。ありがとうございます、メレッサ姫」
 デニルは感激して泣いている。
「いいでしょ、お母さん」
「しかたないでしょうね」
 母も納得している。
 しかし、コリンスが口をはさんだ。
「姫君、そう単純ではありません」
 彼は困ったように頭を抱えている。
「姫君が恩赦に出来るのはミダカの領民だけです。総督はミダカの領民ではありませんので姫君では恩赦にできません」
 デニルが唖然としている。
 メレッサも驚いてしまった。
「そうなの?」
「総督には帝国の法律が適用されますので、総督を恩赦に出来るのは皇帝だけです」
 デニルが泣き崩れた。
 そうなのか、私にも出来ないことがあるのか。しかし、泣いているデニルを見ると可哀想になる、やはり死刑はひどすぎる。
「なにか、方法はないの?」
「姫君が不正をする手があります」
 なんとなく意味がわかった。特別警察が証拠を持って来ても私がそれを握りつぶせばいいのだ。それがおかしいと言う部下がいたら首にすればいい。でも、そんな事をしたら、特別警察の意味がなくなってしまう。
 メレッサは頭を抱えた。すべての人を幸せにする方法などないのだ。幸せになる人の影で不幸になる人がいる。私がこんな事を始めなければデニルは死なずにすんだのに。

 次の日、デニル総督がいないと人々が騒いでいた。総督だけでなく、帝国から派遣された役人のほぼ全員がいなくなっていた。メレッサは少し安心した。無事に逃げてくれるといいが。


 メレッサのテレビ放送の収録も終わって、明日、国民に向けて放送する事になっていた。恩赦もその時に実施される。
 メレッサが自分の部屋にいると、臨時総督がやって来た。
「恩赦にする者の名簿です」
 メレッサは名簿を受け取った。死刑だったのが釈放されるのだ。彼らは喜ぶだろうなと思うとうれしかった。
「問題があります」
 臨時総督が小さな声で言う。
「なんです?」
 思わずメレッサも声が小さくなってしまった。
「ハロルドは恩赦には含まれません」
 メレッサは驚いた。
「なぜです?」
「彼の罪状は爆弾製造であって、反政府活動を行ったわけではないからです」
 驚きだった。ハロルドはてっきり反政府活動で捕まったと思っていたからだ。
「彼は何をしたんです?」
「自宅に爆弾を隠し持っていたところを捕まりました。爆弾マニアです」
「反政府活動をやっていたのではないんですか?」
「はい、ゲリラは爆弾は使いません。無関係の人を巻き込むからです」
 ショックだった。ハロルドは単なる犯罪者だったのだ。
「もし、姫君のご命令なら、彼を名簿に追加しておきますが」
 メレッサは言葉につまった。そんな事をしていいのだろうか、私の好みで犯罪者を釈放する。それってすごい不公平だ。
 メレッサは首を振った。
 そんな事はできない。彼との約束を破ることになるがしかたない。
 人を殺したり、助けたりできる権限を持っているって嫌な事だと思った。そんな権限を持っていなければこんな事で悩むこともない。

 次の日、テレビ放送が行われた。
 放送が終わると人々が総督府の前の広場に集まり出した。時間がたつに連れ、ものすごい数の人が広場に集まってきた。
 メレッサはバルコニーに出た、すごい歓声が上がった。





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