父への報告
メレッサはコリンスと父の執務室にいた。ルビルの占領が完了した事を父に報告するためだ。
父は機嫌がいいのか悪いのかわからないような顔をして、メレッサが提出した書類を読んでいる。もちろんこの書類はコリンスが作ったものだし、父に報告に行くように手配したのもコリンスだった。
書類の内容は事前にコリンスに説明してもらったが、難しくてよくわからなかったが、それを父は熱心に読んでいる。
父は書類を半分ぐらい読むと、不機嫌に机の上にほおり投げた。
「甘すぎる、なんだ、この講和条件は!」
メレッサは、ルビルを約束通り占領したのだから、父が褒めてくれるのではないかと思っていた。だから、父が不機嫌なのはちょっとショックだった。
「どこが、いけないんですか?」
「ルビルの元大統領と閣僚は処刑しろ」
父は不機嫌に言う。
また人を殺せと言う。もう人を殺すのはたくさんだった。
「もう戦争は終わって彼らは降伏したんです。殺す必要はありません」
また、やっかいな事になりそうだった。しかし、何とか父を説得しなければならない、でないと、せっかく助かったと思っていた人がかわいそうだ。
「帝国に逆らった者は殺す。これが掟だ!」
父は冷たい目でメレッサを睨みつける。
「媾和にあたっては、元大統領の命は保証していません、処刑は可能です」
横からコリンスが口をはさんだ。
せっかく私が殺さずに済むように苦労しているのに、それに水を差すような事を言う。
「コリンス、もう人は殺したくありません」
メレッサは言ったが、コリンスはさとすような目でメレッサを見る。
「姫君。いままで占領した星の指導者はすべて処刑しています。だから、今回も例外ではありません」
メレッサはあぜんとしてしまった。コリンスが父の側についてしまった。
「コリンス。これ以上、人は殺しません」
メレッサはコリンスが自分の味方になってくれないことに憤慨していた。このままでは父とコリンスの二人を相手にしなければならなくなってしまう。
「姫君、処刑すべきだと思います」
「絶対に処刑させません」
メレッサは次第に興奮してきた。自分に逆らうコリンスに腹が立つ、コリンスは私の部下ではないか。それにコリンスの考えがわかってきた。処刑したかったのだが、私に相談したら私が反対するから、この話は皇帝の所で決めようと思っていたのだ。
「メレッサ。黙って処刑しろ」
父が冷たく言う。
「絶対にいやです」
メレッサも強情だった。こうなったら意地でも処刑したくない。
「メレッサ!」
父が怖い声で一喝する。
しかし、コリンスがメレッサに逆らっているから簡単には引き下がれない。ここで引き下がったら以後コリンスに示しがつかなくなる。メレッサは必死で考えた、何とか切り抜けなければならない。
メレッサは間をとるため、椅子にゆったりと座り直した。
「コリンス、父と二人だけで話があります。席を外しなさい」
特に話があった訳ではないが、敵を一人減らしておかないと二人も相手に戦えない。
コリンスは驚いていたが、しかたなく席を立つと敬礼してから部屋を出ていった。
父は何の話かとメレッサを見ている。
父に正面から議論をふっかけても勝つ見込みはまったくなさそうだった。むしろ甘えてみたらどうなるだろう。
「おとうさんは、以前、『この埋め合わせはする』って、おしゃっていたでしょう」
メレッサは急に品を作って猫なで声を出した。
しかし、父は険しい顔を変えない。
「ここで、埋め合わせ券を一枚使ってはだめですか?」
メレッサが首をかしげると、父は思わず顔を崩した。
「なんだ、その『埋め合わせ券』ってのは?」
「埋め合わせを、あたしが必要な時にしてもらうための回数券です」
父は微笑みが出てくるのを苦労して我慢している。
「その、埋め合わせ券とやらは、何枚あるんだ」
「10枚……」
メレッサは父の顔色をうかがった。厳しい顔をしている。
「5枚でも、いいです」
「埋め合わせは、他に考えてある」
父は厳しく言う、でも、顔がどこか笑っている。
「私にも、いろいろ都合があるんです。このままじゃコリンスにバカにされます」
たぶん、父は子供からこんな風に甘えられた事がないのだろう、父はうれしそうにしている。
「お願い」
メレッサは手を合わせて頼んだ、相手が怖い父だということを意識せず出きるだけ愛嬌を振りまいた。
それでも父は何も言わずにじっとしていたが、やがて、諦めたようなため息をつくと椅子に体をあずけた。
「わかった、好きにしていい」
「ありがとう、お父さん」
メレッサは感謝の気持ちいっぱいに父を見た。父は子供に親しくされたことがないのか、どういう表情をしたらいいか分からないらしい。
「もういい。行け」
父は照れくさいのか、話を切り上げようとしている。
メレッサは立ち上がると、体を下げるお辞儀をして部屋から出ようとした。
「メレッサ」
父が呼び止めた。
「埋め合わせ券はあと4枚だからな」
メレッサは思わず笑った。
「ありがとう、お父さん」
父とも打ち解けてきたように感じた。ちょっと手を振って扉を閉めた。
外に出ると、コリンスが待っていた。
「どうでした?」
心配そうに聞く。
「このバカ。絞首刑にしてやるから覚悟していなさい」
コリンスは少し体を引いたがそれでも心配そうだ。
「で、どうなったんです?」
「うまくいったわよ」
「では、処刑はなしですか?」
「大統領のはね」
コリンスは驚いたように頷いている。
「姫君はたいしたものですね。皇帝のお子様の中で、皇帝に逆らえるのは姫君だけです」
コリンスが自分の処刑を心配しないのに少し腹が立ったが、まあ冗談だと分かっているのだろう。半分は本気だったんだが。