独裁者の姫君

旧友
 メレッサの乗る宇宙船は草原に着陸していた。窓からははるか地平線までつづく草原が見える。任命式が終わったので仕事は終わりなのだが、もうしばらくここにいることにしていた。
 メラバ隊長が入って来た。今は艦長ではなくてルビルの守備隊長なのだ。
「フォラストさんを連れてきてあります」
 隊長はちょっと浮かぬ顔をしていたが、そんなこと気にしなかった。
「フォラストが来ているの?」
「お通ししますか?」
「もちろん、すぐお通しして」
 フォラストと会える。うれしかった。彼女のことを一番分かってくれる人だ。
 衛兵に両腕を抱えられて、フォラストが入ってきた。なぜ、衛兵が彼を捕まえるようにしているのか理解できなかった。
「俺をどうするつもりだ。ペットにして飼うつもりか」
 彼はどなった。メレッサを敵意をむき出しにして睨む。
「むりやり、こんな所に連れてきて、支配者か、いい身分だな」
 メレッサはしばらく呆然と立っていた。
 やがて状況が理解できた。彼は私に会いたくなかったのだ。しかし、連れてこいと命令したので、まるで罪人を捕まえるようにして無理に連れてきたのだ。今はすごい権力があるのだから言い方に気をつけないといけない。
「お前が何をしたのか分かっているのか。故郷を爆弾で吹き飛ばしたんだぞ。どれだけの人が死んだと思ってるんだ」
 ルビルの人から恨まれているだろうなとは漠然と思っていたが、始めて現実を突きつけられた。
 涙がぽろぽろ出てきた。
「偉そうに、支配者としてやって来やがって。俺に会ってどうするつもりだったんだ」
 メレッサは彼の罵倒にじっと耐えていた。涙がぽたぽた床に落ちた。彼は私を憎んでいる。殺しても飽き足らないくらいに。
「俺がお前と会って喜ぶとでも思っているのか?」
 彼と過ごした日が頭に浮かんだ。あんなにやさしかったのに。そう思うと耐えられなくなった。急に振り向くと、隣の寝室に逃げ込んだ。ベットに突っ伏して思いっきり泣いた。

 2時間くらい、もんもんとして泣いていた。泣きつかれて涙が出てこなくなった。ぼんやりしているとミルシーがやさしく抱き起こしてくれた。
「顔を洗ってはいかがです?」
 ミルシーに進められるままに、顔を洗って涙の後を拭いた。鏡の前に座ってミルシーが髪を梳いてくれる。
「あの、フォラストさんは、どうしましょう?」
 ミルシーが聞く。
「フォラストがまだいるの?」
 ミルシーはうなづく。
 しまった、またミスをした。自分にすごい権力があることをすぐに忘れてしまう。自分が許可しないと、帰ることも帰すこともできないのだ。泣いていたので誰も聞くことができなかったのだろう。
「すぐに帰ってもらっていいから。丁重に丁重にお送りして」
「わかりました」
 ミルシーは隣の部屋に行ったが、しばらくして戻ってきた。
「お話をしたいそうです」
 私に話を? 何だろう。まだ文句が言い足りないのだろうか。
 メレッサはおずおずと立ち上がると、隣の部屋に入った。フォラストは椅子に座っていた。
「すまん、ちょっと言いすぎたかなと思って。考えてみれば君にもどうにもならない事だったんだろうから」
 彼は立ち上がった。
「それを、君が悪い見たいに言ってしまった。悪かった」
「いえ、そんな……」
 占領計画書にサインしたから私は侵略者に間違いないのだ。
「なぜ、君がここの支配者なの?」
 言いにくかった。彼の顔から目をそらした。
「父から……、ここをもらったの」
 彼は自嘲的に笑った。
「途方もない話だな。じゃあ俺たちは君の所有物ってわけか」
「まさか、絶対にそんなことはありません」
 彼は話題を変えようと部屋を見回した。
「広いへやだな」
 ここは宇宙船の中なのでこの部屋は狭い方だった。
「よかったね。君の部屋は狭かったからな」
「そうね。信じられないくらい豪勢な暮らしをしています」
 彼は急に体をピシッと整えた。
「さて、帰っていいですか? お姫様」
「もちろんです。お送りさせます」
 彼は手を上げて笑顔で部屋を後にした。メレッサに気を使って笑顔で別れてくれたのだと思った。もう、彼に会うことはないだろう。彼だけでなく、もう、誰にも会いたくなかった。恨まれていることは間違いないのだから。


 ベットに横になってぼんやりと窓の外を眺めていた。もう、ここは故郷ではないのだ。誰も親しい人はいない。ふと、携帯メールが気になった。セダイヤワに戻るとルビルのメールは届かなくなる、携帯のメールを見るなら今しかない。
 メレッサは起き上がると、ポケットから携帯を出してメールを確認してみた。
 十数通のメールが届いていた。ほとんどが安否確認のメールだ。学校時代の友達から何通も来ている。返事のメールを送ったものかと悩んだ。ルビルの支配者になったメレッサの安否など誰も気にするはずがない、無事なのは今日の任命式を見ればすぐわかる。
 でも、メールをくれたのは親しかった友達ばかりだ。せっかくメールをくれたのにこちらから無視するのは忍びなかった。
 宮殿の暮らしぶりなどを、できるだけ控えめに書いてメールを送った。送り終えると、ごろんとベットに横になった。これで、友達とも終わりだ。返事などくるはずがない。
 不意に、携帯が鳴り出した、親友のトモからだ。今のメールを見たのだろう。だが、電話に出るのは不安だった。さっきのフォラストとの事が頭に浮かぶ、トモから罵声を浴びるのを覚悟でボタンを押した。
 立体画像でトモが現れた。
「今日テレビ見たよ。あんたすごいね」
 トモはメレッサの事を気にしていないみたいだ。
「私のこと、恨んでないの?」
「なぜ、あんたのせいじゃないでしょ」
 そうとも言いきれないのだが。
「みんな無事なの?」
 急にトモは静かになった。
「だいぶ死んだ。死んだ人のメールが回ってるからあんたにも送るね」
 つらいメールだ、見たくなかったが誰が死んだのか知っておかなければならない。
「トモの家族は?」
「私の所は大丈夫」
 よかった。
「あんたのおかあさんは無事なの?」
「ええ、無事よ。いま、父の宮殿にいる」
「父って、ドラール皇帝のこと?」
 メレッサは申し訳なくうなづいた。
「あんた、すごいことになっちゃったのね。じゃあ、皇帝に会ったの?」
 もう一度うなずく。
「思ったより優しい人だった」
「あのドラールが……、ごめん、あんたのお父さんだったね」
「いいよ、人を殺すことを何とも思っていないんだってこともわかった」
「ねえ、会える? そっちに行っていい?」
 ここへ連れてくるのは抵抗があった。さっきのフォラストだって、こんな豪華な宮殿を見せつけられたら頭にくるのもわかる。しかし、トモの所へ行くのは無理だった。外に出れば命を狙われることはメレッサにもよくわかっていた。
「今、どこにいるの?」
 ここに連れてくるしかないようだった。
「宮殿型宇宙船。じゃあ迎えを送るね」
 ミルシーに迎えを出すように指示した。今度はトモがいやがったら連れてこなくていいと念を押した。

 メレッサは宝石などを全部外した。こんな物を着けてトモに会えない。着替えようとしたが質素な服などなかった。
 飛行車はすぐに戻ってきた。宇宙船のエアーロックまで迎えにいった。
「メレッサ、すごいドレスね。それが普段着なの?」
 トモが飛行車から降りてきた。
「もっと、ラフなのに着替えようと思ったんだけど、なかったの」
「これ、皇帝の宇宙船なの?」
 本当はメレッサの宇宙船だったが、そうだとうなづいた。
「あんたの部屋、どこ?」
「こっち」
 ベットがある部屋に案内した。それ以外にもたくさん部屋があるが、ベットのある部屋が一番自分の部屋と説明するのに都合がよかった。
「すごい部屋ね。お姫さまの暮らしをしてるんだ」
「信じられないような豪華な暮らしよ。まだピンとこないわ」
 ミルシーがお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「ほかの部屋は何なの?」
「提督とか総督の部屋」
 全部自分の部屋とは言えなかった。
「なんで、あんたが、任命式に出たの?」
「父の代理でよ……」
 嘘をつき始めると、止め処がなくなる。メレッサは果てしなく嘘を並べ始めた。
「この宇宙船も戦争用なの?」
「いえ、これは住むための宇宙船」
 本当は、この船が旗艦だから戦争の中枢になる船だ。
「ドラールの宇宙戦艦が飛んでるのを見ると嫌になるわ。あなたから皇帝に頼んで撤退させてくれない」
「わかった、頼んでみる……」
 ルビルにいる宇宙戦艦は全部メレッサの宇宙戦艦だ。しかも、しばらくは撤退させるわけにはいかない。
 トモの前でいいメレッサになろうとすればするほど嘘が増えていく。だんだんいやになってきた。しかし、本当の事を言えば絶対に嫌われる。嫌われるのもいやだった。
「みんな、あなたがルビルの支配者だと言ってるわ。なぜなの?」
 ついに嘘がつけなくなった。違うと嘘をついてもいいが、すぐに分かってしまう事だ。
「ルビルを……父からもらったの」
「えー、なに、それ。そんなことできるの?」
 トモは驚いている。
「ルビルでの戦争の被害をできるだけ少なくしたかったの、だから、父にくれって言ったら、くれた」
 メレッサは本当の事を話し始めた。親友に自分が何をしたかを説明したかった。嫌われてもいい。親友なら自分がしたことを説明しなきゃ。
「くれたって、ルビル全部を?」
 トモはルビルをもらった事に驚いているが、もっと驚く事を説明しなきゃならない。
「ルビルでの、殺りくを止めたかったの、父が占領をやれば殺りくになる。……だから……、ルビルを攻撃している軍隊も、もらったの。私がやったから、死者の数はうんと少なかったはずよ」
 トモはびっくりしてメレッサの顔を見ている。
「ここを攻撃したのは、あなただって言うの?」
 メレッサは頷いた。
「途中からはそう。もちろん占領そのものを止めたかったんだけど、それは許されていなかったの」
「どううこと。どれだけ人が死んだと思っているの?」
 返す言葉はなかった。自分が引き継いでからの死者は少なかったとは思うがそれでも死んでいる。
「あんた、なにやったかわかってるの。誰が死んだか言ってごらんなさいよ」
「私は、できるだけ犠牲を減らそうとしたの」
「軍隊をもらったって! なに考えているのよ」
「私がやらなかったら100万人くらいの死者が出そうだったの」
 本当はどうすべきだったんだろう。100万人死ぬことがわかっていても、このようなことをするべきではなかったんのだろうか。
「あなたって最低。確かに、まちがいなく、ドラールの娘ね」
 トモは食べかけのビスケットを床に投げ捨てた。
 涙が出てきた。父の寂しさがわかったような気がした。人殺しをやって友達が欲しいなんて
贅沢なのだ。
「帰る。送って」
「わかった。すぐ送らせる」
 トモは扉をバタンと閉めて出ていった。
 何でもできる豪華な暮らしをしているが、友達は手に入らない。

 次の日、予定を早めてルビルを出発した。
 トモから送られてきた死者の名簿を見た。メレッサが住んでいた町の死者の名簿らしく、おびただしい数の名前が並んでいる。知っている名前もたくさんあった。タラントさんの長男ジョンも載っていた。




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