ルビルからの攻撃
セラブ提督が乗艦してきたので、三々五々集まって簡単な打ち合わせが自然に始まった。
自然に始まったので、当然、あまり重要でない人は打ち合わせの輪に入れない、もちろんメレッサが入れるはずもなく、彼女は一人ぽつんと立っていた。見ると、もう一人、誰とも話をしていない人がいた、ミラバ艦長だ。彼も重要な人物ではないらしい。
メレッサはミラバ艦長の所へ行った。
「艦長もあぶれたんですか?」
「これは、お恥ずかしい。まあ、宮殿宇宙船の艦長は閑職ですからな」
「そんな事はありません。りっぱなお仕事だと思います」
「そう言っていただけると、心強い限りです」
メレッサよりはるかに年上の人と話すのは難しい。
「引退されるそうですけど、引退後はどうされるおつもりですか?」
「奇遇ですが、私ミネーラの出身なんです。ミネーラに戻って、のんびり暮らそうと思っています」
ミネーラは学校で習ったことがあった。ドラールに滅ぼされるまでミネーラ王家があったところだ。
「学校で習いました。いい所だそうですね」
ミラバ艦長は驚いたような不思議そうな顔をする。
「お母さんから、何も聞いていないのですか?」
母に何を聞いているはずだと言うのだろう。ミネーラの事など一度も聞いたことがない。
「いいえ」
そう、答えたが、ミラバ艦長は驚いたようにメレッサを見つめている。
「ミネーラはルニーさまの故郷なんです」
ミネーラが母の故郷! そういえば母の昔の事を何一つ知らない。母は父の事も母の事も何も話さなかった。最近になって父の事はわかったが母のことは何も知らない。
「そうなんですか、ぜんぜん知りませんでした」
ミラバ艦長はため息をついた。
「そうですか、じゃあ、ここで終わりにするおつもりなんでしょうね。それもいいかもしれん」
彼は意味不明の事を言う、何を終わらすと言うのだろう。
「ところで、ルビルで探したい人がいると言っておられましたが、どうします」
もっと質問をしようと思ったが、艦長が話題を変えてしまった。
ルビルにいた時、メレッサに好意を持ってくれる人がいた。恋人といってもよかった、彼といると楽しかった。彼がどうなったか知りたかった。
「フォラストといいます。探せますか?」
「探査機を送り出してみましょう、探せるかもしれません」
「メレッサ姫」
コリンスとセラブ提督とあと数人がメレッサの所にやってきた。やっと、私を仲間外れにしたことに気がついたみたいだ。
「ルビル軍から攻撃を受ける危険性があるようです」
コリンスの声は緊張している。それが、何を意味するのかよくわからない。
「敵は本艦を狙っているそうです」
「本艦って、この船のこと?」
なぜ、よりによって私が乗っているこの船を?
「本艦には、メレッサ姫がご乗艦になっていますから、敵としてはこの船を沈めることができれば大戦果です」
つまり、自分が乗っているからこの船が狙われているのだ。お姫様とはそれほどいいものでもない。命を狙われる。
「それで、どうするんですか?」
「地下にレーザー砲が隠してあるらしいです。そこを攻撃するかを検討中です」
「なぜ、すぐに攻撃しないの?」
なにをもたもたしている。今すぐ攻撃すべきだ。自分が死ぬかもしれないと言うのに。
「情報が未確認なのです。その場所は単に人々が地下に避難しているだけの場所かもしれないのです」
「未確認?」
「その地下には千人くらいの人がいることは分かっています。避難民です」
そんな、そんな所を攻撃できるわけがない。
「そこを攻撃するの?」
「攻撃すべきです。かなり確度の高い情報です。姫君、攻撃命令をお願いします」
セラブ提督が自信たっぷりに言った。
攻撃命令?
「私が、攻撃を決めるの?」
コリンスがうなづく。
「指揮権は姫君がお持ちです。攻撃命令は姫君が下されることになります」
そうなのだ、ここで一番偉いのは私なのだ。私がそれを決めなければならない。
「そこには避難民がいるんでしょ」
「そうですが、姫君に万が一の事があっては一大事です。ここはわずかな危険にも対応しておく必要があります」
つまり、私の安全のため、念のために千人殺しておこうということか。
「そこにレーザー砲があることは確実なんですか?」
「確認はできていませんが、ほぼ間違いありません」
「レーザー砲があっても攻撃してくるとは限らないでしょ、ルビルは降伏したんじゃないの」
「ルビル軍の統制は混乱状態です。敗残部隊が単独で攻撃してくる可能性はあります」
わからない。でも自分の安全のために千人も殺せない。
「情報は未確認なんでしょ。まず、情報を確認してください」
「では、攻撃はそれまで待てと?」
セラブ提督が念を押す。
「そうです。確認が先です」
セラブ提督の緊張した顔がゆるんだ。
「姫君は度胸がおありですな。攻撃を受けるかもしれんのですぞ、怖くはありませんか?」
「大丈夫です」
緊張して答えた。怖いが、むしろドラールの宇宙船が上空に現れた時の方が怖かった。
メレッサの乗っていた船は巨大宇宙戦艦の陰に入った。地上からの攻撃を避けるためだ。艦内は戦闘体制になっていてミラバ艦長が珍しく仕事をしている。メレッサの部屋の窓からはルビルは見えなくなった。
コリンスがやって来た。
「怖くありませんか?」
コリンスが心配してくれる。
メレッサには、まだ、戦争というものがよくわかっていなかった。宮殿型宇宙船の中で何不自由ない豪華な生活をしていて、ここが戦場などとはとても思えない。
首を振ると。
「それはよかった。この船はミルビスの陰にいますから、絶対に大丈夫です」
やっぱりミルビスとは、あの巨大宇宙戦艦の名前だったのだ。
「ミルビスは大丈夫なんですか?」
ミルビスに乗っている人は大丈夫かと聞いたつもりだった。
「ミルビスは巨大戦艦ですから、大丈夫です」
乗っている人のことなんて考えてないみたいだった。どんな人でも死にたくないはずなのに、自分が特別扱いされるのが申し訳ない気がした。
「さて、ルビルに守備隊を置いておく必要があります。ルビル攻撃軍から二個師団を分離して守備隊にしたいと思いますがいかがでしょうか?」
こんな話は今までに何度もあった。メレッサはなにも分からないからコリンスの提案を承諾するだけだ。事実上コリンスの思い通りだった。
「わかりました」
なんとなく腑に落ちないが、承諾するしかない。
「守備隊長にはザロフ艦長を准将に昇格させて守備隊長にしたいと思います」
メレッサはミラバ艦長のことが頭に浮かんだ。彼は提督になりたいと言っていた。
「二個師団って、どのくらいの規模なんですか?」
珍しくメレッサが質問したので、コリンスはビックリしている。
「中型の宇宙戦艦20隻くらいの規模です」
宇宙戦艦20隻を指揮できるのなら、ミラバ艦長は満足だろう。すべてコリンスのいいなりではどっちが偉いかわからない。
「守備隊長にミラバ艦長はどうかしら」
言ってみた。
コリンスはビックリしてメレッサを見ている。
「彼が守備隊長では、おかしなことになるの?」
とんでもない間違いをしていたらいけないので確認してみた。
「いえ、そんなことはありません」
「では、ミラバ艦長を守備隊長に」
メレッサはかなり強い口調で言った。
コリンスは、どうしたものかと悩んでいる様子だ。
「失礼ですが、姫君、なぜ、ミラバ艦長とお考えなんですか?」
理由をいちいち部下に説明しなければならないのか、ちょっと腹が立つので、いいかげんな説明を思いついた。
「あなたが昇格させれば昇格になった人はあなたに感謝するでしょ。でも、私が昇格させれば私に感謝するわ。それだけ」
彼は不思議な目でメレッサを見ていた。重大なミスを指摘された子供のような目だ。
「いえ、決してそのようなつもりはありません。ザロフ艦長はセラブ提督の推薦です」
彼はあわてて取り繕っている。
「もちろん、事前に人選をしておいたのは、姫君はまだおわかりにならないだろうと思ってのことです」
今の言葉はよほどこたえたのだろう、彼は汗をかいている。
「私には、まったく他意がないことを、ご理解ください」
彼はまるで命乞いでもするように頭を下げた。
そこまでひどいことを言ったつもりはないのだが。彼は処刑されかねないと思っているようだった。
「では、ミラバ艦長でよろしいですね」
「すぐに手配いたします」
彼は素晴らしく従順に答えた。
ルシール姉さんではないが、たまには部下にきついことを言った方がいいみたいだ。