独裁者の姫君

兄の宮殿
 昼から、メレッサはジョルに招待されて、兄の宮殿に向かっていた。新しい生活に不慣れなメレッサの事を気を使って誘ってくれたのだ。
 ここは広大な敷地に森や湖があって、その中にたくさんの宮殿が建っている。あまりに広すぎるので、移動は飛行車を使う。黒塗りの大型の飛行車の中は、それ自体が豪華な部屋になっていてメイド時代の部屋より広い。
 きのうはゆっくり景色を見る余裕がなかったが、今日は景色を楽しめた。森や湖のほとりに宮殿が建っていて、それはそれは美しかった。
 兄の宮殿に着いた。綺麗な湖のほとりに建っていて、広大な庭を持ち素晴らしい宮殿だった。
 ミルシーが私の屋敷が見劣りすると言っていた意味がやっとわかった。確かに比べ物ならないくらいに立派だ。メレッサは宮殿に見とれてしまった。こんな宮殿に住めたらどんなに素晴らしいことかと思ってしまう。しかも、兄がこんな宮殿に住んでいるという事は、メレッサだって住めないことはないはずだ。メレッサはこんな所に住みたくなってしまった。欲は限りがないもので、きのう、今の屋敷を見たときは、その素晴らしさに感激したのに、あの屋敷に不満を感じるようになってしまった。

 玄関の前に飛行車がおりた。ジョルが玄関に迎えにきていた。
 始めて兄弟、それも兄と二人だけで会う。兄の事をなんて呼んだらいいかわからない。
「ジョル兄さん」
 と言ってみた。すごく、新鮮な響きだった。
「メレッサ、よく来たな。まあ、入れよ」
 ジョルの宮殿は素晴らしかった。豪華な部屋がたくさんあって、すごい美術品が無造作に置いてある。天井は高く、大きな窓は日差しが明るい。
 ジョルの部屋に通された。正面の窓からは庭園とその向こうに湖が見える。メレッサの屋敷では庭の向こうには隣の屋敷が見えた。
「兄さんの所、すごいね。あたしもこんな所がいいなあ」
「どこに住んでいるの?」
「端の方の狭い屋敷」
 やはり、不満に感じていることが言葉に出てしまった。
 ジョルは端末を何やら操作した。端末の上の空中にメレッサの屋敷の立体画像が浮かんだ。
「こんな所に住んでるんだあ」
 ジョルは驚いている。
「こりゃひどいな。なぜ、ここになったの?」
「急な話で、空いてる屋敷がここしかなかったんだって」
「そりゃそうかもしれないな。多分、どこかの宮殿を空ける準備を今しているんじゃないかと思う。すぐにこんな宮殿に入れるよ」
 なるほど、こんな宮殿が空き家になっているはずがない。当然誰かが住んでいるから、私がそこに住むには、その人が出ないといけない。
「そうかあ、じゃあ、今の所でいいよ」
「そりゃ、だめだよ。父さんがあんな所にメレッサが住んでいる事を知ったら、屋敷を手配した担当者は確実に殺されるな。宮殿を譲らなかった者もちょっとまずいことになるかもね」
 それなら宮殿に住めるかもしれない。もし、こんな所に住めるなら夢のようだ。いや、今住んでいる所もさっきまでは夢のような所だったのだけれど。
 ジョルは、すらっとして背の高い人で、まったく飾り気のない服を着ている。長めの髪をボサボサにしていて、屈託のない人だった。
 せっかく兄といっしょなので、ぜひやってみたいことがあった。
「兄さん、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「兄弟喧嘩がしてみたい」
 メレッサは兄弟がいなかったので、兄弟喧嘩をしたことがなかった。
 ジョルはわらっている。
「バカ、言うなよ。兄弟喧嘩はやりたくて出来るもんじゃない。それにそのうち始まるよ」
「兄弟喧嘩が?」
 メレッサはわくわくして聞いていた。
「父はまだ跡継ぎを決めていない。このまま、もし父になにかあったら、兄弟で殺し合いが始まる」
 兄弟で殺し合い! 考えたこともなかった。お金があるとそれはそれで大変なんだ。
「君も、この帝国が欲しいだろう」
 まさか、帝国が欲しいなんて、そんなこと考えられない。でも、欲って限りがないのだろうか。今の屋敷だってここを見るまでは夢のような御殿だと思っていたのに。
「しかも、父は子供たちに軍隊を分け与えている。君がきのうもらったからこれで、上の4人が自分の軍隊を持っている。父が死んだら、間違いなくこの4人が戦争を始めるな」
 とんでもないことだ、兄弟で戦争をするなんて。そんな事をすれば帝国自体が崩壊してしまう。
「戦争なんかぜったいだめよ。跡継ぎはジョル兄さんだと思う」
 ジョル兄さんが一番年上なんだし、しっかりしている。兄弟がそろってジョル兄さんを跡継ぎと認めればいいんだ。
「ありがとう、じゃあ君は味方だと思っていい?」
「もちろんよ、兄弟がみんな結束してジョル兄さんを支持すればいいと思う」
「でも、ルシールは自分が跡継ぎになりたいみたいだ」
「ぜったいにだめ」
 兄弟で争ったら絶対にだめだ、帝国がなくなって、結局なにも残らなくなる。
「じゃあ、ルシールに誘われても、僕についてくれるかい?」
 そうじゃない。対立してはだめだ。
「ルシール姉さんとも仲良くやろう」
「君の言っている事は理想だな。そうなれば一番いいんだが、そうはならない気がする。僕等は兄弟といっても母親がみんな違うし住んでいる所も違うから普通の兄弟とは違う。僕等が喧嘩をすると母親を巻き込んで大事になるんだ」
 そうなのか。ここの兄弟はそれなりに問題を抱えているんだ。
「それに、もっとややこしい問題もある。母親と父さんとの関係があってね。父さんに寵愛されている母親の子が兄弟の中でも強くなる」
 メレッサは考えもしなかったことだった。ここの兄弟はものすごく複雑なんだ。
 それから、ジョルはちょっと寂しそうに言葉を続けた。
「僕の母さんは……、あまりぱっとしないんだ」
 ジョルは寂びしそうにしている。しかし、なんと言っていいかわからなかった。
「ルシールの母さんは、美人で愛嬌があって、父さんに気に入られてる。だから……、母さんが可哀想だ」
 ジョル兄さんは言葉につまった。母親の悩みがそのまま子供の悩みになっている。側室がたくさんいるなんて絶対によくない。
 ジョルはメレッサを見た。
「それに、今度は君のお母さんが参戦するから、一波乱あるな」
 メレッサはわらった。
 母が皇帝の寵愛獲得競争に参戦するなんてありえなかった。そんな屈辱的な事をするわけがない。それにどうせ勝負にならないだろう。
「母はランキング外よ」
「なぜ? 父さんが一番好きなのは君のお母さんなんだ」
「まさか。おとうさんは、あたしの母さんのことなんか何とも思っていないわ」
「とんでもない。父さんが君のお母さんに夢中だってことは誰だって知っていることさ」
 母が言っていることとだいぶ違う、母は品物扱いだと言っていたのに。ジョル兄さんの言う事を信じたわけではないが、それでも冗談を言っているようにも見えなかった。
「僕とルシールは歳が半年しか違わない。だから、どちらが跡継ぎになるかは微妙なところなんだ」
 それは絶対にジョル兄さんだと思った。こんなことで喧嘩したら帝国がなくなってしまう。
「父さんは何か言っているの?」
「いや、まだ決めてないみたいだ」
「兄弟で喧嘩したら絶対にだめよ。ジョル兄さんが跡取りだと決めるべきよ」
「ありがとう」
 ジョル兄さんはうれしそうだった。
 お昼をご馳走になった。ジョル兄さんはやさしく色んな事を教えてくれる、いい人なんだが、どこか気弱に感じた。ルシール姉さんの方がはるかに気が強い。この二人の対立は難しいことになりそうだった。







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