独裁者の姫君

提督
 テラスからは夜の庭が見えていた。照明がついていてとても綺麗だった。テラスの椅子に座って母と二人で星空を眺めていた。
「ルビルはどうなっているかな?」
 心配だった。
「この前の時は死体の山だった」
 母がため息のように言う。
「絶対に戦争を止めなくちゃ」
「あなた、本当に軍隊をもらったのね」
「おとうさんから、ルビル攻撃軍をもらったから、ルビルを攻めている軍隊を私の思い通りに動かせるわ」
「信じられない。皇帝がそんな事を、あなたまだ16よ。それで軍隊を……」
「だから、戦争を止めるの、絶対に止めて見せる」
 ルビルでは今頃、戦闘が止まったかもしれない。
「私の停戦命令、届いているかな」
 戦闘がやんでみんなホットしているかもしれない。
「メレッサ、あなたはルビルの占領を自分でやるつもりなの?」
 母は心配そうに聞くが、メレッサにも、どうしたらいいか分からない。
「やはり、占領なんて無理よ。皇帝に返した方がいいと思うわ」
 ルビルを助けるために、無理を言って父からもらった軍隊だ。これを返すと、元に戻るだけだ。
「でも、このままだと大勢殺されるわ、私が軍隊を持っていればそれを防げるかもしれない」
 母も悩んでいる。
「あす、コリンスの計画を聞いてみましょう。コリンスが何か考えているかもしれない」
 母にまかせておけば、すべてうまくいく。この軍隊は母にバトンタッチしよう。メレッサは母に頼り切っていた。
 テラスから星が綺麗に見えた。雲一つなくて空は満天の星空だった。
 母は星を見上げている。
「あなたは、そのうち、雲の上の人になってしまうわね」
 母は寂しそうに言う。
「おかあさん。なぜ、さっきは『姫君さま』って呼んだの」
「あの場所じゃ、『メレッサ』って呼ぶわけにはいかないでしょ」
 母はわらっている。
「それに、あのような場所では私のことは『ルニー』と呼びなさい。『おかあさん』ではおかしいわ」
 それから、母は座っている椅子を見た。
「あなたと話すのに座って話すなんて、出来なくなるかもね」
「そんなこと絶対にないよ」
 母をそんな風に扱うなんてありえなかった。
「タイレム家は由緒ある家柄よ。そこのお姫様だもの」
「タイレム家って?」
 知らないことがたくさんある。それに母がここのことに詳しいのにも驚きだ。ここにいたのだから詳しいのは当然かもしれないが、そんな母をまったく知らなかった。
「あなたの名前は『メレッサ・タイレム』よ。タイレム家は100個ほどの星を束ねる豪族だったの。それがドラールの代になって力を伸ばしているのね」
 それは、学校で習ったことがあった。元々宇宙は10ぐらいの勢力に分かれて対立していて、タイレム家はその中の一つだった。あの時は、私がタイレム家の一員だなんて考えもしなかった。


 真夜中に侍女に起こされた。
「セラブ提督からお電話です。姫君さまはお休み中だから明日の朝にと何度も言ったのですが、緊急だそうです」
 急に起こされて、頭がはっきりしない。
「セラブ提督って、だれ?」
「ルビル攻撃軍の司令官です」
 司令官? 何の用なんだろう。時計を見ると2時だった。司令官とか提督とか何のことかまったくわからない。
 侍女が立体テレビ電話のスイッチを入れた。
「向こうは見えますが、こちらは見えないようになっています」
 すぐに目の前に軍服を着た大男の姿が現れた。太っているが肩幅が広く老練な感じの男だ。
 彼は電話の前をいらいらして歩き回っていたらしく、映った時は後ろを向いていた、
「姫君さま」
 彼はカンカンに怒っていて、手に持っていた紙を振り上げた。
「この命令書はなんです」
 こちらを睨みつける。
「一方的な停戦がどのような結果を招くかご存知なんですか」
 メレッサは頭が混乱していた。この男は誰なんだろう。なぜ自分にこのような文句を言うのだろう。
「今までの掃討作戦が全部無駄になる。分かっておられるのですか?」
 ものすごいけんまくで怒る。どうやら、さっきコリンスに渡した命令書のことらしい。
「停戦の命令はコリンスに言ってあります」
「コリンスに? あいつに何がわかる」
 彼は噛みつかんばかりに怒っている。コリンスを呼び捨てにした。と言うことはコリンスより偉いのだろうか。そもそも私とどっちが上なんだろう。
「あなたは、誰なんですか?」
 そっと聞いてみた。
「私を知らんのですか」
 彼はあきれたような顔でこっちを見る。
「ルビル攻撃軍の司令官、あなたの直属の部下です」
 私の部下。でもコリンスも部下なのだが。
「コリンスは?」
 彼はあぜんとしている。
「軍隊の組織を知らんのですか?」
 向こうには見えないが、メレッサはうなずいた。父からいきなり軍隊をもらったけど、そんなこと知っているわけがない。
「コリンス参謀はあなたを補佐するのが仕事です。あなたが命令を下すのはこの私にです。このような命令は紙一枚ではなくて直接私に命令してください」
 彼は命令書を床に叩きつけた。学校の先生に怒られているようで涙がでてきた。
「今、掃討作戦を中止すればルビル軍は息を吹き返します。もう一度掃討作戦をやり直さなければならん。それが分かっているんですか」
「死ぬ人を減らしたいんです。誰も死んで欲しくありません」
 涙声で言った。相手には死ぬ人の事を思って泣いているように聞こえた。
「それには、占領のやり方そのものを変えなければならん」
 そんなことができるわけない、っといった感じで言う。
「今、コリンスが新しい占領計画を作っています。明日の朝にはできるそうです」
「新しい占領計画?」
 突然、セラブ提督の口調が変わった。
「しかし、皇帝が納得しないでしょう」
「父には、やってみろと言われています」
 提督はビックリしたようにこちらを見ている。
「姫君、占領方法の変更は姫君の権限でできるのですね」
 非常に重要な事だと言うようにこぶしを握っている。
「はい」
 父との話では、まかされているはずだ。
 提督は何かを考えながら、ゆっくりと歩いている。
「これは、いいかもしれん」
 ふいにこちらを見た、もう顔は怒っていない。
「姫君は、殺りくをやめろとおっしゃるのですね」
「そうです、もう人を殺さないでください」
 彼は大きくうなずいた。
「命令の趣旨は了解しました。大量殺りくをやらなくてすみそうですな」
 彼がうれしそうなので、メレッサもうれしくなった。一時はどうなることかと思った。こんな怖い人に怒鳴られたらすくみ上がってしまう。それに、彼もコリンスと同じで殺りくがいやだったみたいだ。
「姫君、あなたはたいしたお方だ。ご兄弟とは一味違う」
 彼はおどけるように眉を上げた。
「起こして悪かったですな。では、ゆっくりお休み」
 テレビ電話は切れた。
 提督もいい人みたいだ。
 メレッサはホットとしたが、しかし、少しまずい、窮地に追い込まれてその場しのぎをやってしまった。新しい占領計画を実行するつもりであるかのように言ってしまった。提督はルビルの占領を私がすると思い込んでいる。単に朝まで考えるのを延期しただけなのだが。






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