妖怪の妻になってしまった男

人間界へ
 二人は近くの山の上で休憩した。
「ナキータ様はお強いんですね、感激しました」
 今井はわらった。
「そうでもないよ」
「ゴルガの所に行っても大丈夫と最初から思ってあったんですか?」
「まあね」
 これで、妖怪世界には住む所がなくなった。食べるものも寝る所もない。今井は自分のアパートに戻るつもりだった。
 いよいよ、ミリーに本当の事を言わなければならない。一番よくしてくれたミリーに一番ひどい事を言うことになる。これだけナキータに忠実なのだから一騒動起こるだろう。ミリーを法力で縛らなければならないかもしれない。
 その後のミリーの生活も心配だった。また、どこかで働き始めるだろうがその間寝る所もない。一番よくしてくれたミリーに一番ひどいことをしてしまった。
「ミリー、話したいことがあるの」
「なんですか?」
「落ち着いて最後まで聞いて欲しいの」
 今井はすべてを話始めた。
 しかし、意外なことにミリーは最後まで聞いてくれた。
「そうだったんですね。封印後のナキータ様の変わり様は変だと思っていました。それに、記憶がないのに人間の事には詳しかったり、すべて人間的な考えをされるのも不思議でした」
 ミリーはまったく動じない。
「ミリー、あなた、腹をたてないの?」
「何にですか?」
「私がナキータを殺したのよ」
「あるじが殺されたのに、報復をしようとしないのは、不実だとおっしゃるんですか?」
「いえ、まあ、そうね、あなたがかかってくると思っていたの」
「わたし、盲目的に忠実なんじゃありません。ナキータ様は確かにあるじですが、彼女に無条件に仕えるわけじゃありません」
 そうなのか、ミリーは賢いしっかりした妖怪だ。今までミリーは忠実だと思っていたがミリーのは忠誠じゃなくて正義感なのかもしれない。
「わたし、あなたを誤解していた。こんなことならあなたにもっと早く話せばよかった」
 ミリーは考えている。
「難しいですね。報復まではしませんが、お仕えすることは出来なかったと思います」
「使えてくれる必要はないわ。ここに来た時はどんなに心細かったか。あなたに相談していたら、きっと力になってくれたと思う」
 ミリーは苦笑いをしている。
「それも難しいですね。相談されていたらゾージャ様に秘密にはできなかったと思います」
「結局、今回のやり方が一番よかったてことね」
 今井はミリーを見た。彼女のことが心配でならない。
「これから、どうする。私は人間界のわたしの家に戻るつもりなんだけど」
「よかったら、わたしお供していいですか?」
 よかった。これでミリーが寝る場所も確保できた。

 人間界の自分の家に戻ってきた。一ヶ月ぶりだ。鍵は自分の体を救急車で運んだ時に取り出していて、ずっと持っていた。
 玄関を開けると新聞がたくさん積もっていた。新聞を踏み分けながらミリーと一緒に部屋に入った。
ゾージャの家の広い部屋になれていてので、ずいぶんと狭く感じる。ここはゾージャの家のミリーの部屋よりも狭い。
 ミリーが哀れなものを見るような目で今井を見る。
 俺はこれでも会社では中堅で結構優秀な社員なんだ。給料も多い方だと思う。部屋が狭いのは日本に土地がないせいだ。
「ミリー、狭い部屋でごめん」
 今井は話し方を男に戻した。今まで女で話していたので変な感じだ。
「いえ、今井様。そんなこと気にしていません」
 ミリーは履物を履いたまま、上がってくる。
「ミリー、履物をそこで脱いで。日本では、部屋の中は裸足なんだ」
「今井様、話し方が変ですね」
「もう、男と分かったから、男に戻したんだ。変かな」
「かなり変です。元の話し方の方が好きです」
 しかし、俺は男なのだからこちらの方が自然なんだが。
「この、話し方になれてくれ。この一ヶ月女のふりで大変だったんだ」
 ミリーはテーブルの前に座った。妖怪の着物はドレスのように広がっているので、椅子に座るのも大変だ。ゾージャの家の椅子はずいぶんと大きかったのだ。
「コーヒー入れてやるよ、飲んだことある?」
「いえ、人間の食べ物は食べたこと、ありません」
「テレビ、見てみようか」
 今井はテレビをつけた。
「これは、ぜったいすごいだろう。妖怪世界にはテレビがないんで暇つぶしに苦労したんだ」
「それは、羨ましい悩みですね」
 今井がコーヒーの準備をしていると。
「あの、私がやります」
 と、ミリーがくる。
「いいよ、君はお客だから、そこでテレビでもみてて」
「いえ、今井様にそんなことはさせられません」
「もう『様』はいいよ、今井と呼んで」
「でも、それはできません」
「もう主従関係じゃない、対等なんだから」
 二人でコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。久しぶりの我が屋だ。
 時刻はもう4時を回っていた、考えてみたら今日は昼ご飯も食べていない。
「飯でも食いに行こうか」
「人間の食べ物ですね、食べてみたいです」
 窓を開けた。窓から出た方が早い。晴れ着を着ているので移動する度に何かを引っ掛ける。玄関まで行くのは大変だった。すうと窓から外にでた。

 近くのレストランに行った。
 ミリーは知的な美人だ、頭もいいし理想的な女性だ。男だとわかった今ミリーが一緒にいてくれるのはいままでと違う意味でうれしい。
「人間界に来たことある?」
「いえ、始めてです」
「人が多いだろう」
「人間界は男女同権なんですよね、いいですねえ」
「ここに住んだら」
「無理です」
「無理じゃないよ、俺が今まで妖怪の世界に住めたんだから君だってここに住めるよ」
「でも、一ヶ月でここに戻ってきたでしょう」
「ゴルガに献上騒ぎが起きたからだよ」
 食事を始めた、ミリーは珍しそうに食べる。
「ナキータ様のこと、かなり前から怪しいなと思っていたんです。手帳とか変な機械持ってあったでしょう、しかも肌身離さず持ってありました。ひょっとしたら人間かなと思っていました」
「そうなの、じゃあ、なぜ見逃してくれたの?」
「わかりません、ただ、新しいナキータ様の方がいいかなと思ったんです」
 今井の話し方が変わったせいかミリーの対応も違う。ミリーがこんなにかわいいと思ったことはなかった。
「君がゴルガの所までついてきてうれしかった。命がけでナキータを守るつもりだったの?」
「ええ、今でも同じ気持ちです」
「今でも?」
「妖怪は主従関係なんです。あるじを守るのが従者の勤めです」
「じゃあ、俺を守ってくれるの?」
「はい」
 思わずうれしくなる。
「まだ、元の体に戻る危険な仕事が残っています。それが終わるまでお仕えします」
「元の体に戻ったら、その後は?」
「そこまでです、わたしとナキータ様の主従関係はそこで終わりです」
「俺との関係は?」
 ミリーはわらった。
「ご自分でおっしゃたでしょ、対等だと」
 食事が終わると、二人で少しあるいた。今井は晴れ着を着ているのでかなり目立つ、すれ違う人が振り返っている。
 いい臭いがする。
「おいしそうな臭いだな」
「えっ、臭いですか」
「かなり、臭ってるよ」
 この臭いが分からないはずないだろうと思うのだが、ミリーには分からないらしい。
 臭いが強くなった。みると1人のおいしそうな人間が買い物をしている。ぽちゃとして見るからにおいしそうだ。今井はその人間に見とれていた。
 ハット我に返った。これは人間の魂の臭いなのだ。
 いままで妖怪世界にいたから気がつかなかったが、ここは人間界、回りには人間がたくさんいる。
「ミリー、これは魂の臭いだ」
 ミリーはビックリしている。
「まずいな、この臭い。がまんできなくなりそうだ」
 何か焦燥感みたいなものがこみ上げてくる。
「ミリー、ナキータが魂を食べるのをやめられなかったのは彼女が悪いんじゃない。正気じゃなくなるんだ」
「ナキータ様も、悩んでありました。ただ、何もおっしゃらなかったのでどうなるのかはわかりませんでした」
 ナキータも同じだったのだ。彼女の身体にいるとこの身体の本性に取り付かれてしまう。
「魂を戻そう。もう待てない」
「危険なんでしょ」
「いつかはやらなきゃ」
 二人は人気のないところへ行くと、夕暮れの空に向かって飛び出した。

 病院に着いた。病室に入ると沖田さんが食事をしていた。
 ナキータとミリーを見てビックリしている。
「あんた、その着物。それ、妖怪の着物じゃないか」
 始めて着物姿で沖田さんに会う。
「あんた、まさか・・・」
 今井はにっこり笑った。
「自己紹介していませんでしたね、ナキータです」
 沖田は飛び上げるほどビックリした、茶碗がひっくり返る、彼はベットの上であわてて身構えた。
「安心してください、何もしません。今までと同じです」
「あんたがナキータだったのか」
 今井はうなづく。
「わしは、ここでナキータが来るのをずっと待っていたのに、あんたに気がつかんとは」
 沖田さんは呆然としている。
「そうだ、頼まれたんだ。あんた、その人の魂を戻してやってくれんか」
「今からやります」
 今井は自分の身体を見た。いよいよ、この体に戻る。
 今井は自分の体の布団をはいでベットに腰を下ろした。
 自分の顔にナキータの顔を近づける。ナキータの体から魂を吐き出し始めた。魂はナキータの口から今井の口へ入っていく。魂が出ていくにつれて意識が薄くなって体の感覚がなくなってきた。やがて別の感覚がでてくる。目の前にナキータの顔が見えてきた。ナキータの口から自分の口へ魂が入ってくる。始めてじかにナキータを見た。かわいい顔をして晴れ着が似合っている。彼女は今井の上に崩れ落ちてきた。今井は彼女を抱きとめた。魂はどんどん今井の中へ入ってくる。あともう少しだ。今井はナキータを抱きしめた。しっかりしっかり抱きしめた。ナキータの口から魂の最後が細い糸になって出てきて、それで終わった。
 ナキータの体が飛び散った。無数の小さな小さな星屑になって部屋いっぱいに舞い上がった。キラキラ光りながら消えていく、最後の一つが消えてしまった。
 すべて終わった。
 今井は体を起こしてみた。普通に動く。鼻からチューブを抜き出した。
 ミリーを見た。
「うまくいったみたいですね」
「大丈夫みたいだ」
「わたし、ゾージャ様のところへ戻って、この事を報告します」
 今井はうなずいた。
「それがいい」
 ミリーは目で挨拶をした。そして病室を出て行こうとする。
「ミリー」
 今井は呼び止めた。彼女は振り向く。
「さようなら」
 ミリーはにっこりわらった。
「さようなら・・・・ナキータ様」






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