妖怪の妻になってしまった男

売り飛ばされる
 その日の昼すぎにゴルガの所から使者が来た。
 ナキータの荷物を運ぶと言う。必要最小限の品々しか持っていけないとの説明だ。ミリーが品物を選んでくれている。
 使者の中にマドラードがいた。彼はナキータが人から離れたのを見計らかってやってきた。
「ひどい事になったな」
 今井は黙っていた。
「ゾージャと逃げるのか?」
 ゴルガの使者にそんな事が言えるはずがない、黙っていた。
「ゾージャには逃げる度胸なんかないな。ゴルガの所へ行ってくれと頼まれたんだろう」
 ゾージャを非難して自分を売り込む魂胆だ。今井は彼を避けて歩き出した。しかし、マドラードはついてくる。
「俺と逃げないか。俺はどこへ行ってもやっていける自信がある。君に惨めな生活はさせない」
 今井はいらいらしてきた。
「マドラード、私たちは終わりにしましょうって、この前言ったはずよ」
「君がそこまでゾージャにつくすとは意外だな。君はゾージャに売り飛ばされるんだぞ」
「売り飛ばす?」
「そうか、ゾージャが話してるはずないな。君をゴルガに献上すると500巻の増禄になるんだ」
 これにはさすがの今井もショックだった。
「ゾージャはその増禄を断らなかったの?」
「あいつが断るもんか、大喜びだよ」
 これが本当ならゾージャはとんでもない奴だ。増禄は自分の妻を売るのと同じじゃないか。確かめる必要がある。
 今井はゾージャを探して歩き始めた。マドラードはついてこなかった。

 ゾージャはいたが、ミリーがゾージャを怒鳴っている。
 ゾージャは椅子に座ってうなだれていて、ミリーはゾージャの前に立って金切り声上げてゾージャを罵っていた。
「ミリー、どうしたの?」
「ゾージャ様はやっぱりナキータ様を差し出すそうです。さっきは逃げるとおっしゃっていたのにです」
 ミリーは泣きそうだ。
「ミリー、そういう話になったの」
「なぜですか、絶対にいけません」
「ミリー、仕方のないことなの」
 今井はゾージャを見た。
「ところで、ゾージャ、500巻の増禄になるってほんと?」
 ゾージャは顔を上げない。
「本当なの?」
 彼は力なくうなずく。
「なぜ、断らなかったの?」
 彼は顔を上げた。
「わかった、断る」
 もう遅いだろう、その場で断らなきゃ意味がない。
「ナキータ様を渡して、ご自分は増禄になるんですか」
 ミリーが金切り声を上げた。
 ミリーはゾージャを罵倒し始めた。
 ゾージャを罵倒するのはミリーに任せて、今井は一人になれる部屋を探した。
 ゾージャは何を考えているのだろう、それほどナキータを愛していたわけじゃなかったのか、それとも単純に物事がわからないだけなのかもしれない。
 もし、これが本物のナキータだったらどう考えただろうか、もちろんマドラードと逃げるだろうな。
 ゾージャのために気を使って損をした気分だ。
 あしたゴルガの所へいく、ちょうどいい潮時かもしれない。

 その日は、ばたばたと過ぎた。ゾージャとの最後の日なのにほとんど話さなかった。
 夕食が終わるとゾージャは自分の部屋に戻って行ったが、今井はやはり気になった。お世話になったお礼が言いたかった。
 ゾージャの部屋に行った。
「ゾージャ、入っていい」
 ゾージャは本を読んでいた。ナキータは彼の横にすわった。
「ゾージャ、私は記憶を失ってから後のことしか知らないんだけど、ゾージャにはいろいろ教えてもらって、感謝しています」
 ゾージャは色々してくれた。ゾージャに悔いが残らないようにしてあげたかった。
「ナキータ、すまなかった。禄をもらったのは間違いだった」
「もう、そんなことはいいわ」
「禄なんか欲しくなかったんだ。ただ禄をやると言われた時、断りにくかったんだ」
「わかるわ、もう気にしなくていいよ。まったく何とも思っていない」
「俺はバカだよな」
「今日はゾージャと最後の日よ」
 計画がうまく行けば、もうゾージャと会うことはないだろう。
「記憶を失って、始めてここに連れてこられた時は怖かったわ」
「君はガチガチだった」
「始めて宙に浮けた時はうれしかったわ」
「あの時は楽しかった」
「鬼ごっこしたね」
 ゾージャの目に涙が浮かんだ。
「君を失いたくない」
 ゾージャが悪いわけじゃない、ただゴルガに逆らえないだけなのだ。
「これは運命なの、しかたのないことだわ」
「ナキータ」
 彼はナキータを抱きしめた。
 ナキータはゾージャが納得がいくまで抱かれていた。
「ゾージャ、私はゾージャだけのものよ」
 ゾージャは抱いた手にぐっと力を入れた、息ができないくらい強く抱きしめられた。
「私は、未来永劫ゾージャだけのものよ」
 しばらくナキータを抱きしめていたが、彼は手を離した。
「ゾージャ、愛してる」
 ナキータはゾージャにキスをした。
 二人だけの時をすごした。永遠とも思える時間が流れた。
 ナキータは最後にもう一度キスをした。
「もう、会うことはないと思うわ」
 ナキータは立ち上がった。そして部屋を出るため扉を開けた。
「あしたは慌しいから、ゆっくり話せないと思う、だから今言っとくね。
・・・・・さようなら」
 扉を閉めるとゾージャの部屋を後にした。
 ゾージャ世話になった・・・・これが俺からのプレゼントだ。

 次の日。今井はミリーに晴れ着を着せてもらった。
 ゴルガの所から輿が迎えにきていた。
 時間になるとミリーと玄関に向かった。玄関の外のテラスには大勢のゴルガの家臣が立っている、その中を輿に向かって進む、輿の前にはゾージャがいた。
「さようなら」
 ナキータは靜かに言った。
「すまん、許してくれ」
「ゾージャのせいじゃないわ、運命なの」
 ナキータは輿に載った。屋根がある輿で、すだれからゾージャが見えた。
「出発」
 責任者が号令を出した。
 輿がすうと飛び上がった。ゾージャが小さくなっていく。

 ゴルガの屋敷ではナキータの部屋だという所へ通された。
 ここは、屋敷は大きいが、建物がたくさん建っているので、窓からは隣の建物しか見えない。景色としては最低だ。部屋の大きさ豪華さはゾージャの家と比べ物にならない。
 部屋数も多く、侍女も数人いた。
 しかし、部屋には結界が張ってあった。監禁するつもりだ。
 監禁されると困る。ここを抜け出して自分の体の所へ行けなくなる。しかし、逃げるとミリーがゴルガに追われることになる。
 しかたない、ちょっと危険だが正々堂々と出て行くことにした。ゴルガに戦いを挑むのだ。法力が使えるから多分勝てるだろう。妖怪は法力には勝てないはずだ。ゴルガを倒してここを出て行く。もし負けてもゴルガの女になればいいだけだ。
 ゴルガがすぐにくるとのことで、椅子に座って待っていた。
 部屋の端に衝立に隠れるようにして、鎖で繋がれたみすぼらしい服装の男女が数人立っていた。なんでナキータの部屋に繋いであるんだろう、ここは牢獄と兼用になっているのだろうか。

 しばらく待っているとゴルガがやってきた。家臣が数人ついて来ていた。
 彼はゆったりした着物を着ていて、太った体を隠している。
「ナキータ、よくきたな」
 ゴルガは、にたりと笑うと椅子にどかっと座った。
「ゾージャと引き離して悪かった。さぞ、怒っておるであろうな」
「もちろんです」
 今井は立ったまま、ゴルガを睨みつけていた。
「まあ、座れ」
「いえ、こののままで結構です」
 彼はナキータを眺めている。
「わしは、お前のような女が大好きだ。かわいくて、頭がよくて、気が強い、しかも強いときている・・・」
「私は、あなたの女になるつもりはありません」
 今井はゴルガの言葉を遮った。
「お前が簡単にわしの女になどなるはずがないと思っとるよ」
 彼はナキータの体を上から下までゆっくりと見ている。
「だがな、お前をなんとしても手にいれるーーー。考えてみろ、わしの所にいればなんでも思いのままじゃ。たとえば、魂の練習用に何人でも準備するぞ」
 ゴルガは部屋の隅で鎖に繋いである男女を見た。
「こいつらは練習に使っていい。死んでしまったら、また次を準備する。ねずみより生きた妖怪の方が練習になるぞ」
 ゴルガは恐ろしい奴だ、人の命をなんと思っているんだろう。たぶん、マドラードから聞いてそれで準備していたのだろう。
「部屋も、もっといい部屋を準備しよう、ここは景色が見えん。着物も欲しいだけ買っていい」
 それでナキータのご機嫌を取っているつもりか。
「それでも、私を結界で閉じ込めておくんですね」
 ゴルガは口を開けたまま、しばらくだまった。
「そうか、まあ、お前が逃げると困るでなーー。お前が逃げないと約束するなら、結界は外す」
 いよいよゴルガに挑戦する。
「もっと簡単に私を手に入れる方法があります」
「ほう」
 ゴルガは身を乗り出した。
「私と勝負をしてください。私と戦って、あなたが勝ったら、あなたの女になります。従順にお仕えいたします。しかし、もし、私が勝ったら、私を自由にしてください。私はここを出ていきます」
 ゴルガはにやっとわらった。
「おもしろい。お前はたいした女だ。その条件受けた」
 ゴルガは立ち上がった。
「このわしと戦って勝てると思っている所がかわいい」
 今井はミリーを見た彼女は後ろにいる。ゴルガの攻撃をミリーの分まで防ぐのは無理だ。
「ミリー、横に避けていなさい」

 ナキータは身構えた。しばらく緊張が続いた。ゴルガは先に手を出すつもりはないらしい。
 今井から動いた。彼は精神を集中して法力の糸を送り出す。ゴルガが妖力を撃ってきた。妖力の盾で防ぐが、吹っ飛ばされた。しかし、転がりながらでも法力は緩めない、糸をぐいぐい締め上げた。ゴルガが動かなくなった。体を屈めて耐えている。
 今井はどんどん糸を送り出して締め上げた。ゴルガはその場に倒れた。
 簡単に勝負はついた。妖怪は法力にはかなわないのだ。
 ナキータは立ち上がると、ゆっくりとゴルガに向かって歩いた。
「ゴルガ、もう終わりか」
 家臣がぼうぜんとナキータをみている。
 ゴルガにとてもかなわないと思わせなければならない。
「ふん、口ほどにもない。私が欲しいのだろう。もっとがんばったらどうだ」
 ゴルガの横に立った。
「たわいのない。それで、この私が欲しいなどと」
 今井はゴルガを縛っていた法力を解いた。ゴルガは体を起こし咳き込みながらナキータを見上げた。
「ゴルガ様、わたしの勝ちです。約束どおりここを出ていきます。よろしいですね」
 ゴルガはぼうぜんとナキータを見上げている。
 ナキータはミリーを見た。
「ミリー、ついて来なさい」
 ゴルガが倒れたので結界は消えていた。ナキータは開いていた窓から外へ飛び出した。ミリーも後に続いた。





自作小説アクセス解析
自作小説お気軽リンク集
夢想花のブログ
私の定常宇宙論