妖怪の妻になってしまった男

ゴルガ
 ここにはゴルガという領主がいて、このあたり一帯を支配していた。ゴルガは大変な権力を持っていて、彼に逆らうものはいなかった。ゾージャはゴルガの家臣で、ゾージャがこのようないい暮らしができるのもゴルガの家臣だったからだ。
ナキータが法力使いに勝ったという話はゴルガの所にに伝わった。
 そのゴルガの所からゾージャの所へ使者がやってきた。ゴルガ様が呼んでいるからすぐに行くようにとのことだった。
 すぐに出かけなければならない、家の中はちょっとした騒ぎになった。
「すぐ、正装をお持ちします」
 ミリーが素早く部屋を出ていった。彼女は気が利く。
 ゴルガに会うためには正装が必要らしい、今井には何が何やらさっぱり分からない、
「ゴルガって、だれ?」
 ゾージャに聞いてみた。
「ゴルガさまはこのあたりの領主。俺たちの主になる。偉い妖怪だ」
 ミリーがすぐに正装の着物を持ってきてゾージャに渡した。
 ゾージャはミリーがいるのに着替えを始めた。しかも、ミリーがゾージャの横について着替えを手伝う。確かに正装は一人で着るのは大変みたいだ。
 今井は何をどうしていいか分からないから横に立って着替えを見ていた。
 ミリーが着替えをかいがいしく手伝う。ゾージャは着替えながらミリーを見つめていた。
 今井はどうしようもない無力感に襲われた。自分には何もできない。だからミリーが手伝うしかないのだ、分かっていても落ち着かない。
「はい」
 ミリーが最後に飾りの短刀を渡す。ゾージャは笑顔でそれを受け取ると腰に差した。
 着替えが終わった。なるほど正装は立派に見える。ゾージャじゃないみたいだ。
「いってくる」
 玄関でゾージャは二人に向かってそう言ったが、なぜかミリーに言っているように感じた。

 ナキータとミリーはゾージャの帰りを待っていた。
 この家には使用人が3人いる。一人は料理人で料理専門、もう一人はゾージャの近侍でコドニラ、そしてナキータの侍女のミリーだ。コドニラは中年の男性で背が高い。ゾージャの着替えはコドニラの仕事になる。しかし、ミリーは賢くて気がきく。使用人に上下はないのだが実質ミリーが取り仕切っていた。
 今井はさっきのことが気になってしかたがなかった。なぜかミリーに嫉妬を感じる。ミリーはナキータがいない3年間ゾージャのそばにいたのだ。何があったかわかりゃしない。そう思うといらいらしてくる。
 今井はミリーを冷たい目で見た。
「ミリー、ゾージャの侍女はコドニラじゃないの?」
 ミリーは、ぱっと立ち上がった。
「すみません、わたしやりぎました」
 ミリーは驚くほど気を使うのだ。
「コドニラは気が利かないし。ナキータさまではお手伝いは無理かと思って。私がやりました。でも、 やりすぎでした。申し訳ありませんでした」
「いえ、そういう意味で言ったんじゃないの。ただ、コドニラはなにしてると思って」
「申し訳ありませんでした」
 ミリーは深く頭を下げる。
「今後、あのような、でしゃばったまねは決していたしません。すみませんでした」
「いえ、そうじゃないんだけど」
 ミリーは固くなって顔を伏せて立っている。
 自分はどうかしている。ミリーはなにも悪くないのに、怒るなら気が利かないコドニラを怒るべきなのだ。
「ミリー、ごめんなさい。私なにも出来ないもんだから自分がふがいなくて。それでつい」
「いえ、ナキータ様のお気持ちも考えないで、悪かったと思っています。お許しください」
 それでもミリーへの嫉妬はおさまらなかった。なにか変だ、ナキータが自分の感情の中に入ってきている。

 ゾージャが帰ってきた。
 普段着に着替える。
 ミリーが普段着を持ってきて、今度はナキータに渡した。さっきのはそういう意味ではなかったのだが。
 しかたないので、今井が着替えを手伝う。ミリーはナキータを補佐してくれるが何をどうしたらいいのかわからない。どたばたしながら普段着に着替えた。
 ゾージャがナキータの耳元で
「なにかあったのか?」
「いえ、べつに」
 着替えが終わった。
 ゾージャは椅子に座った。
「で、お呼び出しは、何だったんです?」
 ゾージャはうれしそうだ。
「ナキータ、お前の噂がゴルガ様のところまで届いていてな、話を聞きたいそうだ」
「何の噂です?」
「もちろん法力使いと戦って勝った話だ」
 ゾージャが言いふらしているのか、この噂かなり広がっているらしい。
「ゴルガ様の所へ行くんですか」
「あす、来て欲しいそうだ」

 次の日。ゾージャとナキータ、ニリーの3人はゴルガの屋敷に行った。
 ゴルガの屋敷はゾージャの屋敷など比べ物ならないくらいに大きかった。山の中腹を削り取って平地にしてそこに幾つものお屋敷が建っていた。巨大な門や玄関前の広大なテラスなど、ここに来る者を圧倒する。屋根の瓦、建物の柱、壁の板に打ってある釘、どれを見てもビックリするくらい大きくて立派だ。中の廊下は広く、大勢の妖怪が忙しそうに行き来している。開いた扉から見える部屋はこれまた広く立派で、豪華な家具が置いてあり、廊下には大きな壺や、見上げるほど大きいな石の飾りが置いてある。
 ゴルガに合うのも大変だった。延々と色んな所を通り抜け、あちらこちらの部屋で待たされて、案内する担当の妖怪も数回入れ替わり、豪華な部屋に通されて、やっとゴルガに会うことができた。
 ゴルガは太った中年の男で脂ぎった顔をしている。目は鋭くて怖い。
「お前がナキータか」
 ゴルガは正面の一段高くなった所に座っている。
「はい」
 今井は元気よく答えた。
「おお、かわいいのう。ゾージャは幸せものじゃな。記憶をなくしておるそうじゃのう。大変じゃな」
「ありがとうございます。なんとか暮らしております」
「ときに、ナキータ。そなたは法力使いと戦って勝ったそうじゃの」
「はい」
「おお、すばらしい。頼もしいかぎりじゃ。詳しく話してはくれぬか」
 妖怪は法力にはかなわない。だから、ゴルガはなぜ法力に勝てたのかが知りたいのだ。理由は今井が法力を持っているからなのだが、これは言えない。だから、戦いの過程をそのまま説明した。
 ゴルガは話を聞きながらうれしそうだ。
「実にすばらしい。ナキータそなたは天才じゃ。わが妖怪の救世主じゃ。で、なぜ勝てたと思う?」
「多分、私の推測では、私の魂を扱う妖力が強かったからだと思います。私のこの妖力は法力に封じられませんでした」
 ゴルガは身体を乗り出した。
「素晴らしい。法力に封じられぬ妖力があるとは。われら妖怪が数千年苦しんできたことがこれで解決する」
 妖怪には法力使いとの積年の因縁があるみたいだ。それが妖怪の勝利の形で終わると思っている。
「ゾージャ。ナキータに我が家臣に戦い方を指導をさせてもらいたい」
 ゴルガはゾージャに指示した。
 ゾージャは頭をさげる・
「家臣が法力使いと戦えるようになったら、もう人間など恐れる必要はなくなる。ナキータ。さすればそなたも人間の魂など食い放題じゃ。すばらしいとは思わんか」
 とんでもない話になってきた。
「これは素質が必要だと思われます。素質があるかどうかわかりません」
 今井はあわてて、その計画は無理だと説明を始めた。ナキータが勝てたのは今井の法力があったからだ。
 しかし、ゴルガはその言葉をさえぎった。
「法力使いのやりようはひどすぎる。今では妖怪世界にいても封印される者がでておる。妖怪世界にいても安全ではなくなったのじゃ。しかも死ぬまで封印するのはひどすぎる。ナキータ、そなたが一番封印のひどさを知っておろうが。あまりにも残酷だ」
 今井はナキータがいた穴を思い浮かべた。立つこともできないような小さな穴なのだ。そこに死ぬまで封印される。
「ゾージャ、そなたの俸禄を上げよう。500巻だ」
 ゾージャが驚きの声を出した。彼を見ると目を丸くしている。
「ははあ、有難うございます」
 ゾージャは頭を下げた。
 今井はまだ引き受けると言っていないのに。それになんで自分にではなくてゾージャの俸禄が上がるんだ。
「ゾージャ、家臣の練習の計画を立案せい」
「はい、承知しました」
 ゾージャはナキータの意向を無視して引き受けてしまう。
「あの、私はまだ引き受けるとは言って・・・」
 今井は言いかけたが、ミリーが袖をグイと引っ張った。
「だめです」
 ミリーが小さな声で言う。

 食事をご馳走してもらえることになった。別の部屋に食事が準備してあった。
 ゴルガが席が正面にあり。その左右に20人くらいの家臣が座る。2人は一番末席に座った。みんな ゾージャより偉い家臣ばかりなのだ。
 ゴルガが来るまで、しばらく待っていた。
 法力にたいする戦いの訓練の教育は無理だ。だからこれは引き受けるべきじゃない。引き受けると出来なかったときにまずいことになる。だから断ろうとしたのに、それなのに、ゾージャが勝ってに話を決めてしまうなんて。
「ゾージャ、これは引き受けちゃだめよ」
「ゴリガ様に頼まれたら断れるわけないだろう」
「この件は私が一番よく知っているのよ、断ろうとしたのに」
「無理でもやらなくちゃ、俸禄500巻をもらったろ。すごいじゃないか」
「それは、ゾージャの俸禄でしょ。私はどうなるのよ」
 今井は不満でしょうがない。
「同じことじゃないか」
「同じじゃないでしょう。あたしの功績なのよ」
「俺の禄が500巻になったら、君も贅沢できるじゃないか」
「あたしの禄が500巻になったら、ゾージャにも贅沢させてあげるわ」
「君の言っていることはおかしいよ。そんな話、聞いたことがない」
「今、聞いているでしょ」
 今井は次第に腹がたってきた。
「ナキータ様」
 ミリーが割って入った。
「ナキータ様は人間の女性のような事をおしゃっているんですか?」
「人間の女性?」
「私もよく思うことがあるんですが、人間の女性は男性と同じだそうです。女性でも家臣になって俸禄をもらうことができるそうです。うらやましいと思います」
 そうなのか、なんとなくわかった。女性差別があるのだ。女性は男性の付属物とみなされているのかもしれない。
 今井はこの問題は妥協することにした。妖怪世界の女性差別問題に首をつこんでもしょうがない。
「ゾージャ、この教育は無理じゃないかと思う。素質が必要なの」
「それはあるだろうな、だから素質のあるやつを探せばいい」
「引き受けても結果を出せないと思う。だから、出来ないことを前提に話を進めて」
「大丈夫さ。500巻だよ。がんばれよ」
 ゾージャは500巻の俸禄になにも見えなくなっているみたいだ。もし、出来なかった時の事を考えて欲しいんだが。

 ゴルガが来て、食事になった。
 偉い人の前なので、みんな緊張している。ゴルガは対法力戦部隊の構想について長い演説をしていた。
 今井はお腹をすかして目の前のおいしそうな食事を眺めていた。
 何人かが入れ替わり話をする。
 そして、やっと食事になった。
 酒が出され、場は賑やかになってきた。
 しばらくすると先ほどの緊張はうそのようになり、みんな大いに盛り上がった。何人かはナキータの所へきて法力使いとの戦いの話を聞いていった。
「ナキータ、こっちへ来て酌でもせんか」
 突然、ゴルガから声がかかった。
 あわてて、今井はゾージャを見た。彼は顔を動かして行けと言う。
 酌なんてどうすればいいかまったく分からない。なんとかゾージャに断ってもらおうとゾージャの袖を引っ張ったが、彼は厳しい顔をしている。
 仕方なくのろのろと立ち上がると、ゴルガの所へ行った。でもどうしていいかわからない。
 世話係の家臣が椅子をゴルガの横に置いたので、そこに座った。
 横にあったトックリを持ってゴルガの盃にお酒を注いだ。
「ナキータ、お前はかわいいなあ。ほれ、お前ものめ」
 ゴルガはナキータに盃を持たせて、それに酒を注ぐ。そしてナキータの腰に手を回してきてグッと引き寄せた。
 これはセクハラだ。手で押し戻そうとするがすごい力だ。助けを求めてゾージャを見た。しかし、ゾージャは黙っている。
 ともかくやり過ごすしかない。今井はしかたなく注がれたお酒を飲んだ。
「うまいか?ほれ、もっとのめ」
 ゴルガの手はだんだん上に上がってきて胸の近くにきた。胸を触る。
「ゴルガ様ちょっと」
 もがくが手を緩めない。ゾージャを見たがゾージャは下を向いていてこっちを見ようとしない。
 さっきの俸禄のことといいこのセクハラといい頭にくる。思い切って言ってみることにした。
「ゴルガ様、お願いがあります」
「なんだ」
「対法力戦の指導をしますから、私に禄をください」
 ゴルガは大笑いをした。
「女に禄だと、おもしろいことを言うやつだ」
「禄をくれないのなら指導はお断りします」
 一瞬、場が静になった。みんながギョッとしたようにナキータを見ている。言ってはいけない言葉だったのだろうか。
 しかし、ここまで来たら後に下がれない。
「法力との戦い方を知っているのは私です。戦い方を知りたかったら私に禄を払ってください」
 ゴルガの顔がみるみる険しくなった。
「わしに逆らうつもりか」
 ゴルガが手を離したので、今井はゴルガから離れた。
「禄を私にと言っているだけです」
「ふざけるな。女だからとやさしくすれば、のぼせやがって」
 ゴルガはナキータを睨みつける。そしてゾージャに向かって。
「ゾージャ、さっきの500巻は取り消しだ。いいか、対法力部隊を養成するんだ。出来上がったら500巻にしてやる」
 やっぱり、報酬の話はゾージャにする。
「ゾージャにいくら払おうと払うまいと何の関係もないことです。この私に、禄を払わなかったら指導しません」
 息が荒くなっていた。呼吸するのが苦しいくらいだった。
 ゴルガはあぜんとしている。
「ゾージャ」
 ゴルガはゾージャを怒鳴りつけた。
「はい」
 ゾージャは飛び上がるように立った。
「お前の女房の指導はなっとらん。もっと、ものの道理を教えとけ」
「はい、わかりました」
「わかったら、帰れ」
 ゴルガが言う
「さっさと帰れ」
 ゴルガは癇癪をおこして怒鳴った。


 食事は中止になり、そのまま帰ってきた。
 ゾージャは機嫌が悪い。
「ナキータ。なんであんな事を言ったんだよ。気でも狂ったのか」
「指導するのは私なのよ、私が禄をもらうべきだわ」
「女は禄なんかもらえないの、わからないのかなあ」
「ゾージャも女は男の持ち物と思っているの」
 今井はなぜか腹がたつ。
「だいだい、私がゴルガに捕まってピンチの時になぜ助けてくれないのよ」
「どうしようもないだろう、相手はゴルガだぞ」
「ゴルガに土下座でもなんでもしてやめてくれと頼んでくれてもいいはずよ」
「そんなこと出来るはずないだろう」
「どうしてよ」
 彼の言っていることもわからないではない。しかし、どこかふがいなく感じる。だいだい自分の女房が他の男に触られているのに黙っているなんて。
 しかし、喧嘩してもはじまらない。それに自分はナキータじゃないのだからこの喧嘩はどこかおかしい。
「頭を冷やして、あした話し合いましょう」
「そうだな、俺は明日謝りに行ってくる」
「そうね、その方がいいかも」
「その時は指導するって約束してもいいか」
 仕方ないだろう。無理言ってもここの習慣は変えられるはずはないのだ。
「いいわ。ただ、本当にこれは指導は無理なの。だから結果がでないかもしれないって念を押してね」

 今井は自分の部屋に戻って来た。今日は大変な一日だった。
 ミリーが入ってきた。
「お着替えを持ってきました」
 ミリーは着替えをベットに置くと。
「今日のナキータ様は本当に素晴らしかったと思います。私、胸のつかえが取れました。
ナキータ様が自分に禄をよこせとおっしゃた時、私は感激しました。本当に感激です。ナキータ様はお強いんですね」
「ちょっと言い過ぎたと思っているの。ゾージャに迷惑をかけたかもしれない」
「そんなことありません。あんなふうに言わないと女はいつまでたっても弱いままです」
「ミリー、ありがとう。あなたにそう言ってもらうと、安心できるわ」
 ミリーに着替えを手伝ってもらって布団に入った。
 ゾージャと喧嘩するくらいにここに慣れた。でも、このままナキータになってしまうのじゃないかと思うと怖かった。
 結局。ゾージャは出来上がったら増禄になることで、法力と戦う部隊の養成をすることになった。




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