妖怪の妻になってしまった男

浮気




 ゾージャがいない時は、空を飛んで楽しんでいた。
 ここへ来て一番よかったことは空が飛べることだ。青い空の中に飛び出して行く。高い所まで上がると遠くまで見える。山々が連なり、遠くの山は霞にかすむ。低く降り、険しい岩肌にそって飛ぶ。尾根を飛び越えると、眼前に雪山が広がる。冷たい風を切って飛ぶ。雲が山を越えていく、その雲の上を雲と一緒に飛ぶ。今井は楽しくて楽しくて仕方なかった。
 飛び疲れると、岩場に降りて景色を楽しむ。岩の隙間に草が生えていて小さな花が咲いていた。
 花を見ていると。
「ナキータ」
 不意に男の声がした。
 見ると、精悍な感じの男が立っている。ゾージャよりは痩せているが筋肉質の体はゾージャよりたくましい。
「いつ、出てきたんだ、知らなかった」
 ナキータの知り合いらしい。ここでは、どうしてもこの問題が起きる。知っているはずの人に会った時困る。
 男は近づいてくる。なんか、ヤバい感じだ。
 彼はナキータの体に手を回そうとする。今井はその手を振り払った。
「どうしたんだ。ナキータ、いやなのか」
 今井はうなづいた。
「なぜ、3年ぶりだぜ。やっと出られたんだろう」
 彼は親しそうに話す。
「ナキータ」
 またすり寄ってきた。腰に手を回そうとする。今井はその手を押し戻した。
「なぜだ。いつも、お前のほうから来てたじゃないか」
 ナキータは浮気していたのか。
 男はどんどん近づいてくる。後ろに逃げ場がなくなった。
「ナキータ。お前が好きなんだ。なあ、じらすなよ」
 この男は、あまり感じがよくない。確かに、ゾージャの方が誠意が感じられる。
「ゾージャがいます」
 今井はやっと言った。
 男は笑った。
「ゾージャ、あいつがなんだってんだよ、あいつに義理立てするお前でもないだろう」
 男はナキーの腰に手を回した
「ゾージャがいます。いやです」
「ゾージャはきらいだって、言ってじゃないか。ゾージャとはわかれるって」
 男は力ずくでナキータを抱きしめる。
 今井は、どこかで、この体をゾージャのために守らなきゃという気になっていた。しかし、力ではとてもかなわない。組み伏せられ。地面に横になる。
 飛ぼう、今井は妖力をつかって飛び出した。
 男の手を逃れ、上に向かって飛んだ。後ろを見ると、男が追ってくる。ぐんぐん追いつかれる。今井は必死になって全力で飛ぶ。後ろを見ると少しづつ男を引き離している。そのまま頑張って飛んだ。
 追いつけないとわかったのか男は諦めて、引き返していった。

 今井は自分の部屋に戻ってきた。息が荒くなっていた。こわかった。
 窓をぴしゃと締め、椅子に座った。
 納戸からミリーが出てきた。ミリーは納戸の片付けをしていたのだ。
「どうされたんです?」
「へんな男に襲われて、怖かった」
「大丈夫でしたか、お怪我はありませんか?」
「大丈夫、怪我はないわ」
 人間の世界もそうかもしれないが、女が一人でひとけのない所へ行くのは危険なのだ。男の時は考えもしなかったことだ。
「どんなやつでした、訴える方法もありますよ」
「それが、少し変なの、私と付き合っているような事を言うの」
 ミリーの表情が変わった。
「もしや、マドラードさんではないですか?」
「マドラード?」
「ナキータ様の浮気のお相手です」
 ミリーはちょっと言いにくそうに小さな声で言った。
 今井は驚いた。
「わたしの浮気をあなたが知っているの?」
 ミリーはうなづいた。
「ゾージャ様もご存知です」
 今井はあきれてしまった。この浮気はとんでもない事態になっているのかもしれない。
「じゃあ、ゾージャはなんと言っているの」
「お二人は喧嘩が絶えませんでした」
 そりゃそうだろうな。浮気が見つかったら大事だ。
「最近では、ゾージャ様に浮気を隠さなくなってきて、ゾージャ様との関係は最悪です。ナキータ様はもうゾージャ様と分かれたがっているのですが、ゾージャ様はなんとか元に戻したいとお考えです。ゾージャ様がナキータ様の記憶がない方がいいと言ったのは、この事です」
 それでゾージャは性格の変わったナキータをあんなに喜んでいたのか。ナキータが封印される直前は喧嘩別れ寸前だったに違いない。それが、こんなにゾージャを慕うようになったのだから彼にとって願ってもないことだったのだろう。しかし、どうしたらいいだろう。まさか、ナキータのややこしい愛憎関係を引き継ぐ訳にはいかない。
「ミリー、私はこの事は知らない事にするわ」
「マドラードさんはどうされるんです」
「断るわ」
「私もそれがいいと思います。ただ、断り方には注意して下さい。一時、決闘になりかかったんです」
「決闘!」
「幸いなことに肝心のナキータ様が封印されてしまったので、この決闘はお流れになりました」
 これだけかわいいと男が私を取り合って決闘までするのか。
「わかった、注意して話すわ」
 そう言ったものの、決闘を防ぐようなうまい話し方などできる自信などない。ナキータが残したとんでもない愛憎関係を引き継がざるを得ないのかもしれない。

「お酒でもお持ちします」
 ミリーはお酒の準備を始めた。男に襲われて興奮しているのでお酒がいいと思ったのだろう。
 今井はふと魂を扱う妖術の事を思い出した。ひょっとしたらミリーは知らないだろうか。
「ミリー、あなた魂を扱うことできるの?」
「その妖術は知らない方がいいと思います」
 ゾージャと同じ事を言う。まだ、教えろとも何とも言っていないのに。
「食べないわよ」
 ちょっとムカッとする。
「で、知っているの?」
「幸いなことに知りません。私のような弱い妖怪には魂は扱えません」
 ミリーはお酒を持ってきた。
 ちょっと口をつけてみた。強いお酒だ。
「ナキータ様のはご病気です、ご自分ではどうにもならないんです。だからその妖術はできない方がいいんです」
 ミリーの目は真剣だ。たぶんミリーの方がゾージャよりも難攻不落だろう。ミリーに頼むのは無理だ。それに本当に知らないのかもしれない。

 今井はもう一つ知りいことがあった。人間界に行く方法だ。ここに来るときに通った所が妖怪世界と人間界の入り口になっていることは間違いない。場所を覚えているから行く事もできる。しかし、入り口には必ず結界が張ってあるはずなので結界を開く呪文がいる。
「ミリー、あなた人間界に行ったことある」
「はい」
 よかった、行ったことがあるなら呪文を知っているはずだ。
「出入り口の結界の呪文はなんというの?」
 できるだけ、何食わぬ顔で聞く。
「人間界には行かれない方がいいと思います。法力使いが・・・」
 ミリーはナキータのためを思って言っているのだろうが、これではどっちが主人かわからない。
「ミリー!」
 今井はいらいらしてミリーの言葉を遮った。
「あなたの言いたいことは分かったから、呪文を教えて」
 ここに来たときにびくびくしていたのが嘘のようだ。腹がたって、きつい口調で言った。
「人間界に行かれるんですか?」
「私はみんなが知っている事を知っておきたいだけ」
 ミリーはちょっともじもじしていたが。
「わかりました。呪文はxxxxxxxです」
 ミリーはナキータの機嫌が悪いので、緊張している。
「ありがと、封印された穴に忘れ物をしたから取りにいくだけよ」
「お気をつけて下さい」
 ミリーはナキータの横にじっと立っている。なにか言わないと気まずい雰囲気だ。今井はお酒をぐいっと飲みほした。
「もう一杯ちょうだい」
「はい、ただいま」

 今井は自分の身体がどうなったか心配だった。ゾージャの説明では、乗っ取りをするときは自分の身体は結界に隠しておくと言う、自分の身体が一番の弱点なのだ。その身体の安全をどうしても確認したかった。次の日、様子を見に行くことにした。
 ここの着物では人間世界では目立ちすぎる、納戸にはナキータの人間の服が何着かあったのでそれを着ることにした。ナキータの服はものすごいミニスカートだ。女装のような感じで、どきどきしながらミニスカートをはいた。ブラウスもキチキチで胸が目立つ。ここの着物も女性用を着ているのだが元々女性の着物との意識がないから女装の感覚はない。
 テラスへ出ると青空に向かって飛び出した。ここへ来た時にゾージャが飛んだコースを逆向きに地形を思い出しながら飛んだ。途中何度か迷ったが、ついにここだと思える場所に着いた。ここに人間界への入り口があるのだ。直径が数メートル程度の結界があった。妖術を習ったから結界が分かるようになったがここへ来るときはぜんぜん気がつかなかった。呪文で結界を開いて通りに抜けると景色が変わった。そこは平地で川が流れていて橋があった。人間界だ。

 今井は携帯電話を取り出して救急隊に電話し、自分が入院した病院を教えてもらった。
 そこは総合病院だった。町の中の病院で10階建てくらいの建物が2棟建っている。まず、人目に着かない場所に降りて歩いて病院に向かった。綺麗な病院だ。中に入ると広い待合室があって大勢の人がいる。受付で今井の名前を言うとすぐに入院している病室を教えてくれた。病室は4階だった。
 病室に入ると、そこは二人部屋で窓側のベットにいた。
 鼻にチューブを通して眠っている。とりあえず大丈夫そうだ。
 今井は椅子を持ってきて自分の横に座った。こうして自分を見つめるのは不思議なものだ。
 そっと布団をかけてあげる。
「あんた、その人の彼女?」
 隣のベットの人が聞く。
「いえ、ただの友達です」
「長い付き合い?」
「まあ、そんなもんです」
 軽く受け流す。
 彼はちょっと咳払いをすると。
「その人なあ、わしは妖怪に魂を吸われたんだと思うんだが」
 今井はびっくりして振り返った。
 隣のベットには老人が座っていた、白髪を短く切った痩せた小柄な人だ。
「驚くのも無理はないが、妖怪は本当におるんじゃ」
 この人妖怪の事を知っているのか。
「ナキータという妖怪がおってな、人の魂を食べよる。そのナキータがな、数日前に封印を破って逃げ出したんじゃ、しかもその場所でその人が倒れていた。まず、ナキータにやられたんだと思う」
 今井はまじまじと老人をみた。
「あの、どなたなんですか?」
「ん、わしは法力使いじゃ、法力で妖怪から人間を守っておる」
「法力って?」
「妖怪をやっつける力じゃ、人間には1万人に一人くらい法力を持ったものがおる、それらが集まって妖怪と戦っておってな、わしもその一人じゃ」
 ゾージャ言っていた話だ、ナキータを封印したのもこの人達だ。
「じゃあ、彼を助けることも出来るんですか?」
 今井はベットの自分を見た。
 老人は首をふった。
「無理じゃ、その男を助けたかったらナキータに頼むしかない」
 ナキータは自分なんだが。
「もう一度ナキータを封印する。今度は逃さん」
 老人は気になることを言う。
「どうやって封印するんですか?」
「なに、今大勢の法力使いが集まっておる。法力を集めてナキータを引きずりだし元の穴に封印する」
 恐ろしい話だ。これが本当なら自分は封印されてしまう。
「ナキータがもう人間を襲わなくなっても封印するんですか?」
 思わず不自然な質問をした。返事しだいでは、本当の事を説明して封印をやめてもらわなければならない。
「ばかな、ナキータじゃぞ。何人殺したと思っている。改心してももう遅い」
 ナキータは人間にものすごく恨まれているらしい。このぶんだとナキータの中身は人間だと言っても言い逃れと思われるだけかもしれない。
「いつ、封印するんですか?」
「居所がわからんでな。まあ、そのうちに探し出す」
 よかった。まあ、今、目の前にいるのにわからないくらいなら見つかることもないだろう。
 今井は老人のベットを見た、本がたくさん置いてあってとても病人には見えない。
「どこがお悪いんですか?」
「血圧が高くてな。いや、その人の話を聞いたんで、ナキータがここに来そうな予感がして。無理いって同じ病室にしてもらったんじゃ」
「ナキータがここにですか?」
 今、来てますよと言いたかったが、それはこらえた。
「ああ、わしはナキータとは親しいんじゃ、ナキータが来たらその人を元に戻すように頼んであげるよ」
 うそをつくな、親しいんなら今ナキータが目の前にいるのがわかるはずだろう。
「お願いします」
 話を合わせておいた。
「あんたの彼は、検査ではどこも異常は見つからないそうだ。魂を吸うわれたんじゃからな、そうだと思う」
「そうなんですか」
 健康は問題ないらしい少し安心した。後は魂を扱う妖術をどこかで教えてもらうだけだ。
「そうだ、あんたの彼な、その人も法力を持っている」
「えっ、俺・・、彼が法力を?」
「そうだ、それもかなり強いやつをな」
 俺が法力を持っているなんて驚きだ。
「その人、元気になったら、私たちの仲間になるといい」
「あの、法力があると何ができるんですか?」
「何もできん。ただ妖怪と戦えるだけじゃ」
 看護婦さんが入ってきた。今井は立ち上がってお礼を言った。
「あんたの彼の身体を拭くんじゃ、外に出ていた方がいい」
 老人が説明してくれた。看護婦さんが拭くのはちょっと恥ずかしい。
「それじゃ、私はこれで」
 今井は頭を下げて病室から出た。部屋の入り口で名前を確認した。老人の名前は『沖田』だった。




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