縄文人は狩猟採集民なの?

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2015年11月11日

先日NHKスペシャルで縄文人の話があっていました。三内丸山遺跡の話です。
その中にちょっと気になる部分がありました。

三内丸山では縄文人が数千年にわたり定住していたそうです。
縄文人は狩猟採集民と言われています。
テレビでは、通常、狩猟採集民は定住などせず移動しながらの生活のはずなのに三内丸山では定住していたのが不思議だとさかんに力説していました。

一方、三内丸山の土から大量の栗の花粉が出てきたことから集落の周囲には大量の栗の木があり、この栗の実を主食にしていたらしいこと、そしてこの栗は人々が植えたものだと考えられる事を説明していました。

しかし、もしそうなら、縄文人は狩猟採集民とは言えないのではないでしょうか。
栗の木を植えて育てていた、という事は農業をやっていたということです。
これは農耕民と呼ぶべきだと思います。

縄文人が農耕民なら定住していても何の不思議もありません。
しかし、なぜか栗の木の栽培は農業にはならないらしく縄文人は狩猟採集民に分類されるらしいのです。
不思議です。

だから、テレビが盛んに力説していた『縄文人は狩猟採集民のはずなのに定住していた不思議』は単に言葉の定義がおかしいから発生した不思議だと思えるのです。



ところで、当時、朝鮮半島までは農耕の技術が広がってきていたのに縄文人はこの農耕の技術を取り入れようとはしなかったそうです。
それも、それほど不思議ではありません。
縄文人はすでに栗の栽培をやっていたので作物が栗と米のどちらがいいかの問題だったのです。

そして栗の方がよかったのです。
水田を作るには大変な労力を必要とします。日本は平地が少ないのです。
ところが栗ならば山にそのまま植えることができます。山がそのまま農地になるのです。

もちろん単位面積当たりの収穫量は米の方が多いです。しかし、単位労働力当たりの収穫量は栗の方が多かったのです。平坦な土地が少ない日本では特にこの問題が重要だったのです。


さらに、当時の人々のアイデアは現代でも悪くないと思います。
日本に大量にある山を直接農地にするのです。つまり栽培する植物を実のなる木にするのです。品種改良が必要でしょうが、栗やどんぐりを食料にできないでしょうか。

悪くない考えだと思うのですが。





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